セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2012/03/18(日) 19:42:12

[ダイエット] リセット! ダイエット1

ダイエットを始める前にやらなくちゃいけないこと、やっといた方がよいことっていくつかありますよね。方法を研究するとか、目標を立てるとか、食生活の記録を取って分析するとか。
でも、たぶんほとんどの人が気づいてない、絶対にやらなきゃダイエットに失敗してしまう「あること」に、気がつきました。
「リセット!」です。

私は禁煙のベテランです。経験豊富です。何度も何度も失敗しました。「禁煙セラピー」を読んで、「やったー! 完全にタバコをやめれた!」とか言って、実際に半年以上も吸わずにいながら、また吸い始めてしまったりしたほどです。
最終的にやめることができたのは『リセット!―タバコ無用のパラダイス』という本を読んだおかげです。
この本が、タバコに対する考え方をリセットしてくれたのです。

15年くらい前、キャラクターと仲良くなることが目的のゲーム(いわゆるギャルゲー、たしか『きゃんきゃんバニー』シリーズだったと思う)をやっていて、あるキャラクターを「攻略」できて、すごく喜んでた私がいたわけですが(恥ずかし)、その私の情けない「萌え~」な顔が、一瞬にして「萎え~」になったことがありました。私は一人パソコンの前で「これは無理、これは無理、ひどい」とつぶやいていました。そのキャラクターとエッチなことをするシーンで、実はそのキャラクターが男だったということが判明したのです。
パソコンのゲームの世界です。キャラクターの絵は画面に表示されてるけど、世界は主に、プレーヤーの頭の中にあります。実際に身体で相手を感じるわけじゃありません。ファンタジーです。でも、男は無理なんです。作者が「男だ」ってゲーム中で表示しただけです。でも、それがわかってしまったら、もう「萌え」れない。無理。かなり好きだったはずのそのキャラクターのことが、もう一瞬で、まったく、嫌いというか無関心というか、「無理」になってしまったのです。

これと同じことを、『リセット!』は、タバコに対して行います。
タバコは、可愛い女の子だと思ってたら、実は男だったのです。

これと同じことを、「食べること」に対して行わないと、ダイエットは失敗します。
「食べること」を正しく理解している人は、たぶん太ってないでしょう。
理解してるのに太ってた人が、もしいたとしても、すでにダイエットに成功してるでしょう。

「食べること」を正しく理解せずにダイエットを始めるのは、底に穴のあいた船に乗りながら、バケツで水を一生懸命かき出すようなものです。いずれ力尽きて水が浸入してきて沈みます。まず穴を塞がなければいけないのです。

「リセット! ダイエット」の次は「スイッチ! ダイエット」を書こうと思ってますが、その時、一番重要なこととして「環境」をあげます。つまり、つい食べてしまいそうになった時に食べてしまわないためには、身近に食べ物を置いていてはダメなのです。簡単に食べ物が手に入らない環境にいれば、かなりダイエットに成功しやすくなるでしょう。

しかし、です。タバコに対する考え方が間違っていると、身の回りにタバコがない時、遙か彼方までタバコを買いに行ってしまいます。どんなことをしてでもタバコを手に入れようとします。相手が可愛い女の子だと思ってると、それこそ命がけであらゆることを犠牲にしてでも会いに行ってしまうのです。ところが、実はそれが男だと判明すれば、そんな気は綺麗になくなります。ものすごく大事な「環境」よりもさらに大事なこと。それが「リセット」。リセットされれば、「吸いたいけど、健康のためには我慢しなければいけない」等と苦しい思いをすることもなくなります。最初から「吸いたくない」のですから。

では、「食べること」に対する考え方の「リセット」って、どんなものか。
リセット!―タバコ無用のパラダイス』を読んで、自分で考えてください――
と言いたいところですが、次回書くことにします。
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2012/01/05(木) 04:56:43

[やる気を出す方法] 良い指揮者とは

この前、佐渡裕がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の客演指揮者をやったことを詳しく伝えるテレビ番組が放送されてた。
その中で、演奏する人の意見として、「一番良い指揮者は、演奏する者が『自由にやらせてもらってる』と感じさせてくれる指揮者だ」というのがあった。実際には指揮者の指揮通りに演奏するしかないし、そうしている。なのに、自分で思うとおりに演奏させてもらっているように感じる。そういう指揮がベストだと言っていた。
音楽に限らず、上司ってそうだと思う。
「やらされている」と思うか「自分がやりたくてやってる」と思うかで、モチベーションがまったく違う。
だから、錯覚でも良い。
実際、池谷裕二の本を読んでいると、脳はそういう仕組みになっているらしい。脳の状態・ゆらぎによってあらかじめ意思は決められており、自由意思なんてないんだけど、自分の自由意思で決めたと思い込まされている。
細かい、いちいち判断する必要のないことは自動で身体が動いている。でも、何かによってそれを強制されているとは感じない。
強制されていると感じると、反発や疲れを感じる。
昔ぼくはいわゆるアドベンチャー・ゲームについてインタラクティブ「感」が大事だと書いた。本当にインタラクティブでなくて良い。自分の自由なアクションに対してゲームの世界がリアクションを返してくれてると感じられるゲーム。「自由なアクション」というのは錯覚で、実はゲームの作り手が一方的にこちらにシナリオを押しつけてきてる。でもそう感じさせないのが良いゲーム。
他人を動かすにしても、自分を動かすにしても、頭に入れておくべきことだと思った。
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2011/11/30(水) 05:52:12

[日記] 思った通りに行動できなくなったら

今までも、今回も、新規エントリがないのは環境が大きく変わった時で。
体重も一気に増えてしまった。
こういう時は、『自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)』を読むに限る。

「なんらかの”行動”を起こしたとき、それが、行動のきっかけ(動機)となった”考え”をさらに強めている」

これを本当に理解すると、人生が変わると思います。
そして、人間には、自由意思はなくても、行動を起こさないことはできる。拒否権はある。
だから、「中止法」という訓練で、思った通りに行動できるようになるし、思った通りの人間になれる。

前にも書きましたが、みなさんにも、ぜひ『自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)』を読んでほしいと思います。
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2011/10/25(火) 06:05:26

[教養] 急がば回ればカメよりウサギ

数学に感動する頭をつくる (ディスカヴァー携書)
栗田 哲也
ディスカヴァー・トゥエンティワン
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ハウツーとかマニュアルとか自己啓発書とかビジネス書とか、ぼくも大好きでよく読んでますけど、書かれてる内容って、「バカでもできる」方法ですよね。
でも、バカでもできる方法をいくらやっても、賢くはなれない。

カメでもウサギに勝てる走り方。
それは完璧なペース配分と、最短距離のコース取り。
でも、いくらそれを覚えてパーフェクトに実行しても、能力は向上しない。
もう一度レースをして、ペース配分を少しでも失敗したら、絶対に負けてしまう。
遠回りをして、ムダに全力で走るからこそ、能力が上がる。そういう部分もあるはず。
だからって何も考えなくて良いのか、何を考えてもムダなのかというと、それは違う。ちゃんと、少しではあるけれど、能力自体を上げるためのポイントってのは、あるはずだ。
それがこの本には書いてある。
ただ、カンタンに実行できるようなものではない。当たり前だが。
それを、正直に、ごまかさずに、書いてある。ある年齢を過ぎたら、その能力を伸ばすのは諦めた方がいい、等と冷酷なことも書いてある。その分信用できると思う。

食べ物に困ってる人に何をあげるか。
魚。
釣り竿。
釣り竿を作るための道具。
釣り竿を作るための道具を考え出せる能力。
決してカンタンには身につかない。受け取るのに努力が必要だ。でも、いちばん根本的で、応用範囲が広い。

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2011/08/27(土) 21:39:03

[文章の書き方] 読者はバカなのか

昔、池田信夫が勝間和代の「年収10倍アップ」本について、くだらないとかタイトルがひどいとか書きましたが、それに対して勝間和代が「そんなの、わかっててわざとやってます」的にあっさりやっつけたことがありました。
池田信夫はどうしてこんな恥をかいてしまったのでしょう?
池田さんの発言は、勝間さんに直接自分の感想を述べたのではなくて、第三者に対して、勝間さんの本をけなすことで「おれは賢いんだぞ」と間接的に言おうとしたからではないでしょうか。
池田さんの発言が、どうしても本の内容やタイトルに納得がいかなくて、勝間さんに直接抗議したいがためになされたものであるなら、わかりやすく書けば

「年収10倍アップって書いてるのに、これ読んでも年収10倍アップできへんやん! 詐欺やん!」

となると思います。
ところがこう書いてしまうと自分がバカに見えてしまいます。というか、池田さんはこんなバカじゃないはずです。
つまり、「オレはバカじゃないけど、バカな読者が騙されてしまうだろ! 詐欺だ!」と言っているわけです。
勝間さんは、「誰も本気にはしないだろうけど、これくらい書いとけば気になって本を手にする人もいるんじゃないかな」と思っているわけです。
どっちが読者をバカにしているでしょうか。

「小説の読み方の教科書」を書き、それを伝えていくのがぼくの使命 - ハックルベリーに会いに行く

この記事は、「もしドラ」関係の記事に対して作者が反論してるものです。
これを読んでぼくが思ったのは、こんなことで言い争う必要があるのかな、ということです。

読者が「自分はこう思った」と書けば、作者は反論しようがないと思うのです。
ところが、「自分はこう思った」ではなく「みんなこう思うはずだ、だから作者の書き方は間違ってる」と書いてしまうから、ややこしいのです。
あるいは「一般的な読者はこう思うはずだ、だから作者の書き方は正しい」と書いてしまうから。

職場でも、本人同士がケンカするのは別にどうってことないんだけど、ケンカしてる相手の悪口を第三者に言い始めたり、ケンカ相手への伝言を第三者に頼み始めたりすると、迷惑極まりないですよね。

逆に、伝えるべき相手に、まっすぐに誠実に伝えるべく書かれた文章は、第三者にもたくさんのことが伝わると思うのです(伝えるべきことを伝える努力 ~ ともぞうブログ)。

リアルで他人の陰口言っても後に何も残らないけど、ネットでは残っちゃう。
だから、本来なら誰に対して言うべきことなのか、よく考えないと、後で恥ずかしいかも知れない。

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2011/08/20(土) 20:17:02

[文章の書き方] 伝えるべきことを伝える努力

まず、次の引用をお読みください。

大川小の行方不明者捜索自衛官に勇気を与えた小学生の手紙 (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース

 石巻を襲った津波による最大の悲劇の一つが大川小学校の壊滅だった。石巻市立大川小学校は、児童108人のうち74人が死亡または行方不明となった。学校周辺や校舎内では、自衛隊による必死の不明者捜索が行なわれ、瓦礫や汚泥が取り除かれた。そして震災から約1か月後。

「すいません!」

 4月6日、大川小学校近くの追波川河川運動公園に設けられた宿営地内を歩いていた第14戦車中隊(岡山)の石井宣広3曹は、突如、背後から声を掛けられた。

 その可愛らしい声の主は、ワンピースを着た小さな女の子だった。少女は、振り向いた石井3曹にこう言った。

「これ、読んでください……」

 石井3曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去っていった。少女は、母親と思しき女性の運転する車でやってきて、偶然近くを歩いていた石井3曹に手紙を渡したのである。

 そこには、覚えたてのたどたどしい文字でこう綴られていた。

〈じえいたいさんへ。
 げん気ですか。
 つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
 日本をたすけてください。
 いつもおうえんしています。
 じえいたいさんありがとう。
  うみより〉

 石井3曹は込み上げるものを必死で堪えた。

「胸がいっぱいになりました……。あの頃は、発災から1か月が経とうとしており、疲れもたまっていたのですが、あの手紙で、『明日からも頑張るぞ!』と皆、勇気が湧いてきたのです。そして自分たちのやっていることが人々のためになっているんだ、とあらためて認識しました」

 その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。

 井上旅団長は言う。

「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」

 少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。同県利府町の加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼り付けられた。

 東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだ行方不明の6人の児童の写真もあった。

 その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を捜し続けていたのである。



自衛隊員に感謝してる人は他にもいるはず。
うみちゃんが素晴らしいのは、伝えるべきことを、伝えるべき相手に、まっすぐ、誠実に伝えている点。こんな手紙を書いて、渡すには、本当の、精神の努力が要る。

これに比べたら、まだつきあってない異性へのいわゆる「告白」なんて、ただの私利私欲。
テレビで意見を述べてるコメンテーターは、仕事か、自分を賢く見せたいだけ。
折り鶴がムダだという話が出てくるのは、鶴が、気持ちを込めなくても折れるからじゃないか。実際にどうかはともかく、たとえば大人が、よく事情を呑み込めてない子供に、大量に鶴を折らせることだってできる。

みんな思ってる当たり前のことを、自分のためでなく、伝える努力。

我が身を振り返って、年上の部下がいうこと聞かないからって、ほかの人に愚痴こぼすとか、バカかと。直接相手に、誠意を込めて伝えろよ、と。

――こんな内容を「みんなあまり書いてない切り口だから目立つだろう、俺って良いこと言ってる?」とか思いながら、ブログに書いてるワケですが。
そんなヒマがあったら、親に感謝の言葉の1つも言えよという感じです……。


余談。私は昔、小説をネットで発表していたことがありまして。丁寧な感想をいくつかいただきました。その時の気持ち。もらった人間でないとわからないだろうなあ。感謝。
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2011/08/14(日) 22:25:09

[続ける方法] 1万時間への道

努力を継続して目標を達成するために重要なポイントが2つあると思います。
1つは「やればできる」ということをとことん理解すること。
もう1つは定期的に刺激を受けてやる気を保つこと。
特に一人でコツコツやるためには工夫しなければならないと思います。

graph.jpg
どうしても、費やした時間に単純に比例して結果が出る、上達すると思ってしまいがちです(上の図の左側の点線)。でも、実際の努力の成果は、幾何級数的なカーブを描きます(同実線)。よって、最初のしばらくの間の我慢が重要です。

そして、最初はやる気満々でも、時間の経過と共にだんだんやる気は落ちていきます。その時、コーチがタイミングを見計らって刺激を与えてくれれば良いんですが、一人でやる場合には、工夫が必要です。リマインダーメールで、やる気が出る言葉を未来の自分宛に送信するのも1つの方法ですが、どうしてもだんだんマンネリ化してしまいます。最初から努力の期限を決めておいて、その期限が来たらまた1からどうするか良く考え直す、というのも1つだと思います。PDCAのCAをあらかじめ予定に組み入れておくのです。

上の2つのグラフは

のうだま―やる気の秘密
上大岡 トメ 池谷 裕二
幻冬舎
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この本に載っています。
努力・勉強・記憶の累積効果については

記憶力を強くする (ブルーバックス)
池谷 裕二
講談社
売り上げランキング: 806


が参考になります。
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2011/08/07(日) 21:19:48

[続ける方法] 行動分析学的な何か

行動分析学的に行動の原因を考える方法について書きます。本2冊(『人は、,なぜ約束の時間に遅れるのか 素朴な疑問から考える「行動の原因」 (光文社新書)』『行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)』)読んだだけで知ったかぶりするわけですが。
次のような図を描きます。

on.jpg

こんなの、わざわざ図にする意味あるの? 私も最初、そう思いました。
しかし、この図は便利です。解説します。
分析する対象の行動を真ん中に書きます。「電灯のスイッチをオンにする」と。
そしてその行動の前の状況と後の状況(先行事象・後続事象)を書いて、矢印で結びます。
「明るくて見える」という後続事象は、将来同じような状況が発生したときに同じ行動が行われやすくなると思われます。これを「強化」と言い、(↑)をつけます。
この図を見てわかることは、「暗くて見えない」という状況があるときに「電灯のスイッチをオンにする」という行動が起こされ、その行動は、「明るくて見える」という後続事象によって強化される、ということです。

次に、「電灯のスイッチをオフにする」という行動について考えてみます。

off.jpg

こんな感じでしょうか。
しかし、部屋を出るときにスイッチをオフにすることを思いつかない場合は多いですし、『消灯』という貼り紙が貼っていなかったら忘れてしまうでしょう。さらに、消し忘れを怒る人がいなかったら、「電灯のスイッチをオフにする」という行動は強化されません。

「どうして電灯のスイッチを消し忘れるんだろう?」という問題に対して、「私はうっかり屋さんだから」と考えて、「忘れないように気をつける」という解決策(?)を出すのか。

「部屋から出るときに必ず目に付くところに貼り紙をしておいて、消し忘れが発覚したらその人を厳しく注意する」という対策を立てるのか。

大違いだと思います。

ポイントとしては「因果関係」をがちがちに考えないこと。行動に影響を及ぼす可能性がある先行事象・後続事象をたくさん書き出すこと。
たとえば、「ブログを書く」。

blog.jpg

こういう図を書けば、毎日ブログを書くためにはどうすれば良いかわかります。
「ブログを書け」というリマインダーメールが届いたからと言って、100パーセントブログを書くとは限りません。でも、それによって思い出してブログを書く可能性はあるわけです。よって、左側を増やすよう対策を考える。
ブログを書くのに時間がかかると、次回から書かなくなってしまうに違いありません。よって短時間で書けるように、テーマを決めておくとかネタを集めておくとかテンプレートを作っておくとかします。それをしたからといって100パーセントブログを書くとは限りません。でも、一つの対策にはなります。

こんな簡単な図でも、「気を引き締める」とか「断固続けることを決意する」よりは、よっぽど役に立つはずです。

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2011/08/06(土) 21:49:22

[教養] 《心》に答えを求めるな!

松本龍前震災復興担当大臣が、自分の失言をB型のせいにして、余計叩かれたのは、気持ちの良い出来事でした。ぼくもB型ですが、それはおいとくとして。

ところが、日常では、このパターンの言い訳、結構通ってる気がして許せません。

マニュアル読まずに機械使って失敗して、「だって、あたし、マニュアルとか読まない人だからぁ」って言ったり、「何で前もってちゃんと準備しておかないんだ?」ってマジで怒ってるのに、失敗したのが可愛い女の子だと「まあまあ、○○ちゃんはそんなキャラじゃないし」ってかばわれたり。

「キャラ」?
それで失敗が許されるの?
わたくし、若くて可愛い女の子は大好きですが、職場でこういう甘えたことを言う子はマジで許せません。まあ、女性の少ない職場で甘やかされてしまっているのはわかるし、仕事中以外はいくらでも許すんですが。

気を取り直して。

失敗の原因として「そういう人だから」が理由になっていないのは明白だと私は思いますが、同じような単なる言い換えが、結構世間では通っています。
「あの人、何でいつも時間に遅れるの?」「時間にだらしない人だから」
「あの人、だらしないんだよ」「何で?」「いつも時間に遅れるもん」
完全に循環論理です。
原因を考えているのではなく、ラベルを貼り、自分で貼ったラベルを見てそれを原因だと思っているだけです。
こういうラベルは、「A型」とか「几帳面」とか「神経質」とか、心の性質を表す言葉に多いです。
そして、ラベルが人の行動を縛ります。

時間に遅れた人が「まあ、いつも時間にルーズな○○さんだからしかたないよね」と許されたとします。この人は時間にルーズだという欠点を改善するチャンスを失い、次からも時間に遅れます。
だから許しちゃいけないんです。

そして、ラベルを貼って、それを信じることは、人間の性質は不変だ、という誤ったメッセージをも信じさせます。人間の能力は努力次第で伸ばすことができるという信念を持つことができない人がいかに不幸かについては、最近私が毎日触れている『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』という本を読んで欲しいと思います。

それでは、ラベル貼りではなく、本当の原因を探すにはどうすれば良いか?
一つの方法は、行動分析学の本を読むことでわかりますので、また今度書きたいと思います。





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2011/08/05(金) 21:35:01

[やる気を出す方法] 能力や才能をほめてはいけない

「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』は、本当に必読書だと思います。重要なことがたくさん書いてあります。
その中でも、私が特に気をつけないといけないなと思ったのは、「ほめ方」です。

能力や才能をほめてはいけない。

能力や才能をほめられた者は、課題が自分の能力を超えたときに、それを否認しようとする。「賢い」とほめられた者は、嘘をついてでも自分を賢く見せようとする。

ではどうすればよいか。

努力をほめる。

実験が載っています。数百人の思春期初期の子供を2グループに分け、一方のグループでは能力をほめ、もう一方のグループでは努力をほめる。
グループ分けをした時点では、知能検査の成績はまったく同じ。ところが、ほめるという行為を行った後、難問を出すと、能力をほめられたグループの成績は落ち、その後問題を簡単にしても成績は回復しなかった。努力をほめられたグループの出来はどんどんよくなった。
能力をほめられたグループは、難問を前にして、「自分の能力がないから解けない」と思い、問題を解くことをつまらないと感じるようになった。
努力をほめられたグループは、むしろ難しい問題の方が面白いと答えた。

ね、重要でしょう?

努力をほめられれば努力をするようになり、結果をほめられれば結果ばかり気にするようになる。当たり前と言えば当たり前なんだけど、気づかないうちに、かなり失敗しちゃってると思いません?

私は中間管理職です。私より上の立場の人たちは、私の部下のことを、数字としか見ていません。まあ大きな組織では一人ひとりを詳しくみることは不可能なので仕方ありませんが、「数字さえよく見せればほめられる」、ひいては、「数字を誤魔化せば良い」という考え方を部下がすると困ります。
だからこそ、中間管理職の自分が、数字ではなくプロセスをちゃんと見て努力を認めてあげないといけないと、常々思ってきました。
しかし、「能力をほめてはいけない」という視点はなかった。
能力をほめると、能力が下がる。しかも、結果を誤魔化すようになる。気をつけようと思います。
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