セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2011/11/30(水) 05:52:12

[日記] 思った通りに行動できなくなったら

今までも、今回も、新規エントリがないのは環境が大きく変わった時で。
体重も一気に増えてしまった。
こういう時は、『自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)』を読むに限る。

「なんらかの”行動”を起こしたとき、それが、行動のきっかけ(動機)となった”考え”をさらに強めている」

これを本当に理解すると、人生が変わると思います。
そして、人間には、自由意思はなくても、行動を起こさないことはできる。拒否権はある。
だから、「中止法」という訓練で、思った通りに行動できるようになるし、思った通りの人間になれる。

前にも書きましたが、みなさんにも、ぜひ『自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)』を読んでほしいと思います。
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2011/07/26(火) 00:18:23

[考えない練習] 苦しまない練習

ブッダにならう 苦しまない練習
小池 龍之介
小学館
売り上げランキング: 1315


『苦しまない練習』というタイトルですが、実際に書いてあるのは

自分が苦しんでいるということに気づく練習

です。
「苦しまない」ことに関しては、一貫して、「自分が苦しんでいるということに気づきさえすれば、自然に苦しまない行動を取る、苦しまないようになる」とのみ主張します。

人間の行動は、ほとんどが無意識に行われています。それを、あえて意識して行動するべし、と筆者は言います。そうすれば、自分で自分を苦しめている行動に気づき、自然とその行動が改善される、と。

精神的に苦しいと、人間の身体は影響を受けます。「いま、ここ」にある自分の身体に、ちゃんと意識を向ければ、自分が苦しんでいるということに気づけるはず。それをせず、無意識に行動して、頭の中で関係のない妄想を弄んでいるから、苦しみの本当の原因に気づけず、当然、永遠に苦しみはなくならない。

私はあんまり、誰かのことが憎くてしょうがないとか、他人に嫉妬するとかいうことはないのですが、自分の思うとおりにコトが進まないとイライラしてしょうがないことがあります。そんな私がこの本の中で、個人的になるほどと思ったのは、「選択の余地があると思うからこそ、腹が立つ」という項目です。
私たちに自由意思はない、という話は、私自身このブログで何度も書いていますが、にもかかわらず、他人の言動に腹が立つ。怒っても自分が苦しいだけで、何の得にもならないのに。
どうすれば良いかというと、相手のことを、自由意思のないロボットだと「気づく」ことです。

ブッダは「この意思は自分のものではない」という言い方をしていますけれども、世の中の人は二つに分けることができましょう。
 一つは「目覚めている人」であり、もう一つは「まどろんでいる人」です。
 いえ、誰もが目覚めているつもりでしょうけれども、自分が条件反射によって怒らされたり、何かを求めさせられたりしていることを知りません。そういう意味で「まどろんでいる」ということです。
 実は自由がないのに、そこに自由があると思い込み、ロボットのように動かされているだけなのに、「ロボットじゃない」と言い張っている。あるいは、自分が自由であると夢を見ているコンピュータ。これが「まどろんでいる」ということの実態です。


自分の意思も他人の意思も、「自由なんだ」と思い込む。自分が自由なんだという夢をみる。そういうことをやめ、なるべくいつも「目覚めている人」であること。
私的には、これが重要な「苦しまない練習」かなと思います。

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2011/06/25(土) 20:00:56

[続ける方法] ごちゃごちゃ考えてないで、とりあえず始めてみよう! 絶対に失敗するよ!

たしかに、考えてばかりで行動しなければ、成功しません。
しかし、ある程度考えてから行動したところで、絶対に失敗します。

例えば、タバコをやめようとする場合。タバコを吸うこととやめることのメリット・デメリットを考え、やめることにしました。しかし、食後にふと一服したくなる。仕事が終わってオフィスを出るとき、一日がんばったご褒美に吸いたくなる。すごくイヤなことがあったときに、ストレス解消したくなる。そんなことがある度に、吸うべきか吸わないべきか散々迷い、99回誘惑に勝っても、やがてつい「1回だけ」吸ってしまう。罪悪感とか、「1本も2本も同じ」とか、いろいろ考えているうちに、タバコをやめるのをやめてしまう……。

ダイエットを開始して、食事を制限して、運動するんだけど、結果が出ない。「すぐには結果は出ない」と自分に言い聞かせるものの、「今はせっかく美味しいものがあるから食べて、次から我慢しよう」と思っていると、いつまで経っても結果が出ない。ダイエット法が悪いんだと思い、別の方法を探す。他の方法でも、結果の大小はあるけど、同じことの繰り返し……。

なぜこんな風になってしまうのでしょうか。
禁煙失敗歴数十回、ダイエット失敗歴数十回の、この私が解説しましょう。

まず、あなたは大きな勘違いをしています。
あなたは自分の行動を自分で決めていると思っているでしょうが、それは大きな間違いです。
あなたに自由意思などありません。

有名な実験があります。
対象者に「好きなときに手を動かしてください」と伝え、「動かそう」と意図した時間、「動いた」と認知した時間、脳が手を動かすための準備を整えた時間、脳が手を動かす指令を出した時間、それぞれを計測します。
普通に考えると

動かそう→準備→指令→動いた

となりそうです。しかし実際には

準備→動かそう→動いた→指令(→実際に手が動く)

となっています。
つまり、「動かそう」と思う前に、すでに脳は手を動かす準備を終えているのです。脳が自動的に手を動かす準備をし、その後で「動かそう」と思わされる。しかし我々はそれを知らないので、「自分が動かそうと思ったから手が動いた」と思い込んでいます。

これは眉唾な実験じゃありません。他にもいろんな実験結果があって、「自由意思がない」というのはほぼ事実だと私は思います。もっとも、「準備」から実際に手が動くまでには時間があり、その間に「動かさない」ことはできるので「自由否定」はあります。
詳しくは『単純な脳、複雑な「私」』を読んでみてください。

やだやだ! そんなのやだ! ボクは自由なんだ! 自分のことは自分で決めるんだ! 自由意思がないなんてウソに決まってる! ボクはこれまで自分で選択してきたんだ!

はい、そうですね。そう思いたいですね。
でも、違います。もし仮にすべての行動を自分で「意識して」決めなきゃいけないとしたら、「できる」ことをいちいちすべて検討して選択・決断しなければいけません。大変です。無理です。
ほとんどの行動は自動的に決まっています。にもかかわらず、私たちは、自分で自由に選んだつもりになって、満足しているのです。これは悪いことではありません。
私なんかは、人間がまったくできていないので、小さいことですぐにイライラします。電車を降りて、急いでいるのに、駅のホームが混雑していてゆっくりしか歩けないと、周りの人を片っ端から突き倒して進んでやろうかと思ってしまいます。これは、「自分で選べてない」と思うからイライラするのです。
ゲームが、小説や漫画や映画よりもすぐれている点は、「自分で納得して決めている」と思い込むことができる点だと思います(竜王の城を見ろ ~ ともぞうブログ)。
人間が幸せかどうかは、自分の行動を、自分が納得して選び取ったものだと信じられるかどうか、という点に大きく依存していると思っています。

さて、あなたは、禁煙するべきかしないべきかを、そこそこ考えて、禁煙を実行に移したとしましょう。
すると、いろんなタイミングで、タバコが吸いたくなります。

普通の人は、食事を採ると、ドーパミンがドバドバ出て、脳波のアルファ波が増えて、満足します。しかし、ニコチン中毒の人は、ドーパミンを出さなくてもニコチンがアルファ波を増やすので、だんだんドーパミンが出なくなります。ついでに、ノルアドレナリンも減ります。つまり、食事をしてもタバコを吸わない限りアルファ波が増えないので満足できず、ノルアドレナリンが少ないので、いつも不安です。
喫煙者は普通、そんなことを知りません。ただ、

食後にタバコを吸う→満足できる

ということを無意識に学習するだけです。
ハトでさえ

ボタンをつつく→エサが出てくる

ということをあっという間に学習します。
ですから、あなたの脳は、食後には、自動的にタバコを吸う準備を開始します。その後に「タバコを吸いたい」と思います。
しかし、ここで「ボクは自由だ! 自由意思はある!」という勘違いをしていると、「タバコを吸いたい」という気持ちを、「自分の(大事な)感情だ」と思ってしまいます。ところがそれはウソです。
先に「食後にタバコを吸う→満足できる」という学習したデータがあって、それに基づいて脳がタバコを吸う準備を整えて、それから気持ちが作られているだけです。「自分で選び取っている」と思う方が幸福だからです。これまでずっとタバコを吸ってきた自分を愚かだと思いたくないからです。タバコを吸うことを肯定して自己正当化した方が気持ちいいからです。

いまいちスッキリしない方も多いと思うので、また『単純な脳、複雑な「私」』から。ちょっと長いですが引用します。

 ところで、脳梁切断の実験にはまだ続きがあってね、たとえば、右脳に〈笑え〉と示す。するとちゃんと笑ってくれる。ハハハハハ……と。何が表示されたかは把握できていないけど、正しい行動が取れる。笑えるんだ。
 そこで今度のテストでは、「何が表示されたか」という内容を問うのではなくて、その行動の「理由」を尋ねてみる。つまり「どうして笑っているの」と訊くの。すると、「だって、あなたがおもしろいこと言うから」と味わい深い返答をしてくれる。
「笑っている」という今の自分の行為は、もはや事実として否定できないよね。だって、もう笑っちゃってるんだから。その状態で「どうして笑ったか」と問うと、本人は「〈笑え〉とモニターに出たから」という本当の理由に気づいていないから、「笑っている理由」を探し始めるんだ。そして現状に合わせて都合良く説明しちゃう。
 あるいは、〈掻け〉とモニターに示すと、頭をぽりぽり掻くんだけど、どうしてと訊くと、「かゆいから」と説明してくれる。もちろん、かゆいから掻いたんじゃない。でも、「掻いている」という事実を説明する最適な理由は「かゆいから」だよね。
 こんなふうに脳は、現に起きてしまった行動や状態を、自分に納得のいくような形で、うまく理由づけして説明してしまうんだね。
 もっと複雑なテストをやっても似た現象が見られるよ。右脳と左脳に違う単語を表示してみる。たとえば、左脳に〈時計〉、右脳に〈ドライバー〉と見せる。すると、目の前に並べられたものの中から、きちんと「時計」と「ドライバー」を選べる。もちろん、本人には〈時計〉と表示されたことだけが意識にのぼる。左脳だからね。にもかかわらず「ドライバー」も一緒に手に取る。
 そこで理由を尋ねてみる。「なぜ時計とドライバーを持ったのですか」と。するとこんな答えが返ってくる。「〈時計〉という単語がモニターに出ました。だから時計を取りました。でも、時計が止まりそうだったから、電池を交換しようと思ったのです」。立派な答えでしょ。
――ヘンな言い訳(笑)。
 あはは。もちろん本人はまじめに答えているんだよ。こういう実験では、状況が特殊だから滑稽に思えるかもしれないけど、これは僕らが普段やっていることと変わらない。
 ただ、僕らの日常では、理由づけが比較的常識の範囲内に収まっているから、その矛盾に気づけない。だから奇妙に感じないだけの話。実のところ、僕らも常に周囲の状況に合わせてストーリーをでっちあげている――意味の偽造だ。
 こうした無意識の行為を「作話」と言う。僕らの考えていることのかなりの部分はおそらく作話なんだと思う。
 これは、自分の行動がまず先にあって、その行動の起源を常に探しているということだよね。もちろん、はっきりした根拠があって行動をしている場合もあるけれど、よく根拠がわからないまま行動しているときは(そういうケースは意外と多い)、その行動の意味を勝手につくり上げる。そして、当の本人は、それこそが「真の理由」だと心底信じている。
 きっとね、行動や決断に「根拠がない」という状態だと、不安で不安でしょうがなくなっちゃうんだろうね。理由がないと居心地が悪い。だから、いつも脳の内側から一生懸命に自分の「やっていること」、もっと厳密に言えば「やってしまっていること」の意味を必死に探そうとしちゃう。
(中略)
 さて、海馬が損傷されて記憶ができない患者さんでテストすると、やはり作話が見られることがわかる。担当医が来て手を差し出して握手をしたとしよう。この患者は〈握手をした〉という記憶は残らない。何分かで消えちゃう。
 そこで、握手するときに、手に小さな電気ショック機を隠しておいて、握手した相手をビリビリと刺激してみる。イヤなことするよね。そうでなくても海馬に損傷を受けて気の毒な患者さんなのに、その上さらにイジメのようなことをする(笑)。
 不意を突かれて刺激を受けた患者さんは「何をするんですか」と怒るんだけど、でも、やっぱり、数分ですっかり忘れてしまう。
 ところがおもしろいことにね、握手をしたとか、電気刺激されたというイベント(出来事)の記憶は覚えていないのだけど、好きとか嫌いとかいう感情の記憶は残るの。感情の記憶保管は、海馬とは別の脳部位が関係しているのだろうね。こんなふうに、記憶は多重性を持っているんだ。
 さて、その患者さんが再び診察に来たとき、「握手しましょう」と同じ医者が手を差し出すと、患者さんはイヤがる。刺激されたこと自体はまったく記憶にないけれど、でも、とにかく握手はしたくないんだ。
 そこで質問をする。「どうして握手をしてくれないんですか」と。すると患者は「手を洗っていないのです。手が汚れているから握手しては失礼だと思って……」などと答えてくる。つまり、自分の感情の根拠を、自分がアクセスしやすい記憶(ここでは「手を洗っていなかった」という記憶)に落とし込んで、説明をつけてしまう。
 これも事実を知っている僕らから見ると、すごく滑稽に思えるんだけど、やっぱり本人はいたってマジメ。間違った帰属推論に何の疑問もはさまずに真剣に話している。
 もちろん、彼らの言動を笑ってはいけない。僕らも同じように、いつも歪んだ主観経験の中を生きている。単に、その推論に論理的矛盾が生じない限り、「自分はウソをついている」ことに気づかないだけのこと。
――気づけないんですか?
 不幸にして、日常生活の中では、僕らは「自分がウソつきである」ことに気づくチャンスは少ない。だって行動や感情の根拠が不明瞭だからこそ「作話」するわけでしょ。
 そして根拠が不明瞭である以上、裏を返せば、作話した内容が「間違っている」ことを立証することはできないわけだ。だって、真の理由がわからないから作話したんであって、だから、もはや、その「真実」を作話と照合して、検証するなんて叶わない望みだよね。
 そんなわけで僕らは「本当は自分が道化師にすぎない」ことを知らないまま生活している。根拠もないくせに、妙に自分の信念に自信を持って生きている。
 そんな傲慢な僕らは、やはり「人間って生き物は主観経験の原因や根拠を無意識のうちにいつも探索している」という事実を、もっときちんと認識しておくべきなんだろうね。そうすれば、もう少し自分に素直に、あるいは他人に対して謙虚になろうって思えてくるでしょ。


タバコを吸いたくなるのは、単なる「反射」。
エサを出す前に必ずベルを鳴らすようにしておくと、犬は、エサが出なくてもベルが鳴るだけで、よだれを出すようになる。それと同じです。

「気持ち」とか「意思」とか、関係ない。ただの自動的な化学反応。それを、「ストレスが溜まったから吸いたくなった」「自分の気持ちを抑えても幸せになれない」等と「作話」しているだけ。なぜそんなことをするかというと、「自分は自由で、自分の行動を納得して決めている」と思いたいから。これまでずっと自分がタバコを吸ってきたことを「反射」とは思いたくないから。自分で自分の気持ちに従って決めてきたんだと思いたいから。

あらかじめちょっとメリット・デメリットを比較したくらいでは、このメカニズムには勝てません。99回勝っても、1回負ければ終わり、ということも多いです。
タバコを吸いたくなる度にこの葛藤を繰り返していると、苦しくてしようがなくなります。禁煙すると決意したのは自分。タバコを吸いたいと思うのも自分。そう考えていると、毎回迷います。セルフコントロールは消耗資源です(セルフコントロールは消耗資源 ~ ともぞうブログ)。フツーに社会生活を送るだけでもセルフコントロールを消耗するのに、さらに、いつ終わるかわからない戦いを続けなければならない。「1本だけ」と吸ってしまうと、あとで罪悪感にまで苛まれる。不幸になる一方です。そのうえ目標は達成できない。最初からやろうとしない方がマシです(好きな自分でいる方法 ~ ともぞうブログ)。

あまり物事を深く考えない人は、かえって禁煙できます。
自制心が強く、自分が思うとおりに人生を歩んできたというプライドの高い人は、かえって禁煙できません。

では、この強力な「現状維持強制装置」から脱出して自分を変えるには、どうするべきなのでしょうか。
まず、「自由意思なんか、ない」ということをとことん理解することだと思います。
それから、事前にそこそこ考える程度ではまったくダメで、実行する前に、とことん、とことん考え尽くすことが大事だと思っています。
何をどう考えるのかは、また書きたいと思います。

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2011/05/21(土) 05:58:29

[続ける方法] 目に見えるものが行動を決めている

当たり前のことですが。
意識していないし、利用できていないと感じるので。

目の前に食べ物があれば食べたくなるし、面白そうな本があれば読みたくなるし、スカートの短い女子高生がいれば見たくなる(犯罪行為は我慢しましょう)。

仕事でウェブページを作っている人は、見る人が視線をどう動かすか、どういう画面にすれば広告がクリックされるか、計算して作っているはず。
テレビからは、何十年にわたって蓄積されたノウハウで作られたコマーシャルが流れてくる。
コンビニもスーパーマーケットも、客が入ってきてから出て行くまでに何を見るか、その結果どういう行動が引き起こされるか、徹底的に研究して、工夫している。

なのに、自分の行動を変えようと思う人が、「気持ちを新たにする」だけで、自分の部屋のデザインをしない。
部屋に帰ってきたらやるべきことは決まっているはずなのに、その行動を促すものを目に付くところに置いておかず、テレビをつけて、酒のコマーシャルに突き動かされて酒を買いにコンビニに行き、コンビニでは目に付くカロリーの高いものを順番に買っていく。
テレビを見ながら酒を飲んで食事をして、満足すると、PC を立ち上げる。
何も考えず、デスクトップ上のブラウザのアイコンをダブルクリックし、tumblrを延々と見てしまう。
あるいは、PV を稼ぐための煽りタイトルに騙されてしまう。

テレビをつけた瞬間に、負け。
コンビニに入ったとき、ブラウザを立ち上げたとき、もうあなたは他人にコントロールされています。

セルフコントロールをしたければ、白紙に向かいましょう。
自主的に動きたければ、白紙に自分のやるべきことを書き出しましょう。
コンビニのように、やるべき行動を促すような部屋にしましょう。
貼り紙も良いですが、長いこと貼ってると刺激がなくなるので、定期的に場所や内容を変えましょう。

それから、todoは、無理に全部持ち歩く必要ないと思います。実行する場所の、目に付くところに置いておけば、リマインダーになります。期限のあるtodoは時間によるリマインダー(携帯へのメールとか)も合わせてセットしておけば良いかと。まあ、当たり前のことなんですが。todoを「管理」することばかり考えていると、つい、全部一カ所にまとめて24時間持ち歩くことを考えてしまいますが、かえって実行するのを忘れてしまったりするので。todoは何カ所においてあっても良いと思います。
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2011/02/25(金) 17:52:58

[やる気を出す方法] 失敗したらすぐあきらめろ

太鼓ポリリズム

ワタクシ、超ヘタ(というか、素質が全くないと思われる)なんですが、iPadで太鼓の達人をやっております。とは言え、上の画像のプレイ回数と得点の相関のなさは何かの間違いだと信じたいですが……。

太鼓の達人では、ノルマクリアに失敗しても、何度もやってるといずれ成功できるようになることが多いです。
しかし、素質が全くないワタクシは、何回やってもいつまで経っても成功できないことが多々あります。

どうしてゲームってこんなに楽しいのかなって考えると、一つは、自分がレベルアップして、ほんの数分前の自分にできなかったことができるようになる、というのが大きな要素としてあるよなあ、と思うわけです。

うまくなってる。レベルアップしてる。できるようになってる。
それが、目の前に、ビジュアルに、ばーんと、表現されるわけです。
「ノルマクリア成功!」「フルコンボ!」って。
うれしくてしょうがない。

ところが、何回繰り返してもできるようにならないと、だんだん哀しくなってくる。
もうやめよう……と。

でもある日、楽しさを思い出して、もう一回やってみる。でもできない。
そんなことを繰り返してるうちに、「どうやったら上達するんだろう?」と考え始めました。

そもそも、なぜできるようになるんだろう?
それは、知識が頭のなかに増えるからじゃないんですね。身体で覚えるからなんですね。

成功したときの身体の動かし方を身体で覚えるから、できるようになる。
いくら失敗を繰り返しても、できるようにはならない。

以前にぼくは、たった一つの冴えたタイピング練習法というエントリで、「タイピングが速くなる方法は、とにかく間違えないように大量にタイプすること」だと書きました。
「間違えないように」がポイントで、速く打とうとしても上手くならない。正確に大量に打つと、速くなると思うのです。
正しい身体の動かし方を身体が覚えるから。

そして、先日、tumblrにあるquote(ともぞうクリップ ―  私ははじめてのシェイピングに2時間40分を要したわけだが、その後研究をつづけ、数十羽のハトをシェイピ...)をしました。

要するに、ハトに何らかの行動を教える際、ハトがその行動に失敗したら、すぐに前の段階に戻るべし、ということです。
これも、できない段階のことを何度繰り返しても、できるようにはならない、失敗を繰り返しても意味はない、ということだと思われます。
それどころか、失敗した行動を学習してしまって、余計悪くなる可能性もあるでしょう。さらに人間の場合、モチベーションや自信がなくなって、取り返しがつかなくなるかもしれません。

ということを考えて、太鼓の達人で、それまでは「むずかしい」クリアできていない曲を繰り返してたんですが、やめて、「ふつう」や、すでに一度フルコンボでクリアした曲をやってみたのです。
しばらく繰り返してから、以前クリアできなかった曲をやってみると、あら不思議!
クリアできた! 自己ベストが出た! 超たのしい!

失敗したら、すぐにあきらめて、できることをやりましょう。
ただ、「人間は失敗しないと学べないって勝間和代が言ってたぞ!」と言う方。
その通り。
ですが、同じ失敗は絶対に繰り返してはいけません。クセになります。
また同じ失敗を繰り返しそうだなと思ったら、潔くあきらめて、成功を繰り返してスキルを上げてから、再挑戦しましょう。

ダイエットでも禁煙でも、同じだと思います。
失敗して自信をなくすくらいなら、やらない方が良い。ただ、やらないよりは、拍子抜けするくらい簡単なことをやる方が良いのです。

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2011/01/11(火) 22:50:34

[続ける方法] 何かを始めるときに気をつけるべき3つのこと


  1. コミットメント。
  2. 慎重に目標を設定する。できれば、絶対に達成可能な目標にする。
  3. 無意識にできるようになるまでは他の新しいことを始めない。

結局、成功するかどうかはコミットできるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません(コミットメントとダイエット)。

コミットしたら、目標を設定しますが、これには、慎重に慎重を期すべきです(好きな自分でいる方法)。そして小さな目標は、絶対に達成可能なものにするべきだと思います(絶対に達成可能な目標を設定しよう)(絶対に達成可能な目標の例)。

それから、動き出しにはものすごく力が必要であることを充分理解しましょう。いきなり3速4速では、車は動きません。ローギアから入らなければ。逆に言えば、スピードに乗ってしまえば、それほど力は必要ありません。タッチタイプができなければ、入力する文章を作って頭の片隅におきながら、どのキーを押すか考えてタイプしなければなりません。でも、無意識にタイプできるようになれば、文章の内容を考えながらキーボードを打つことができます。

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)』で、岡田斗司夫さんは、ダイエットの段階をいくつかに分けて、最初の段階ではメモするだけでカロリー制限をしない、ということを強調しています。これを読んだときぼくは、別にいきなりカロリー制限してもいいんちゃうん、と思いました。でも、何かを続けるのが苦手な人は、ここで失敗しているのです。

いきなり複数のことを同時にはできません。でも、自転車の運転が無意識にできるようになれば、自転車に乗りながら携帯電話のメールを高速で打つことができます(危ないのでやめましょう!)。

いちばん力の必要な動き出しで、複数のことを同時にやってしまい、失敗して、自信をなくし、その自信のなさが、次のチャレンジでの早いあきらめにつながる。まさしくこれまでのぼくの人生です。早く気づいて、経験を活かせよ、という話でした。
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2010/11/28(日) 07:33:30

[やる気を出す方法] 毎日を充実させるカンタンで効果的な方法(カタルシス・メモ)

「思いついたことを紙に書くだけ」です。

まとめると、次のようになります。

やると良い理由

  1. カタルシスが得られる
  2. 余計なことを考えなくて済むようになる
  3. 潜在意識に重要な質問を投げ込むことができる

注意点

  1. 一人きりになる
  2. 何も見ない
  3. 白紙に書く
  4. 書いたことを後で利用することを考えない
  5. やる時間やタイミングはいつでも良いんじゃね?

他の方法との比較

  1. アファメーション
  2. GTDの「収集」
  3. 日記
  4. ツイッター

何かを思いつく時って、「考える人」のポーズを取ってうんうんうなってる時じゃなくて、何か他のことをしてるときですよね?

そして、気がつくと頭の中を同じ考えがぐるぐる回ってる時ってありません? 壊れたテープレコーダがエンドレスで再生してるみたいに。

あと、女の子としゃべってると、こっちが一生懸命話してるのに、それとはまったく関係ないことを女の子は話し出したりしません?

つまり、意識って、連続したものじゃなくて、ぷちぷち途切れてるんですね。
人間って、同じことをずっと意識して考え続けられない。
でも、潜在意識はずっと考え続けて、答えを見つけると、それが突然意識に上ってくる。
意味のあることをずっと考え続ければ良いけど、ほとんどの場合、どうでも良いこと、どうしようもないことばっかり、潜在意識って考え続けてる。
友達に言っちゃいけないこと言ってしまったなあとか、今日の仕事失敗したらどうしようとか。

潜在意識に余計なことを考えさせず、考えなきゃいけないことはもっと考えさせる(問題意識を持たせる)のが、今紹介している方法です。

何か名前をつけたいなあと色々考えましたが、いまいち良いのが思いつきません。
とりあえず、「カタルシス・メモ」と呼びます。大げさな言い方ですが。
仕事のクレーム処理なんかに行くと、こちらの対応と何の関係もない愚痴を延々聞かされることが、良くあります。
でも、ずっと相づちを打ちながら聞いてると、だんだん相手の態度が優しくなってきて、2時間くらい経つと、最初の怒り方がウソのようにおとなしくなります。
こちらが「謝罪」したり、「反省」したり、「改善を約束」したりといったことを一切しなくても(というか、一言も意味のある言葉を発しなくても)、相手は急にこちらの立場を理解してくれます。
相手にしゃべらせず、こちらの立場を説明すると、一切聞いてくれません。いくら論理的に正しく説明しようと、感情を込めて訴えようと、通じません。
でも、先に相手にしゃべらせるだけしゃべらせると、すっと通じます。
同じような経験をしたことのある人も多いと思います。
一種の「カタルシス」(浄化)ですね。

潜在意識も同じようなものだと感じます。

本(『フェイク・イット~1日1分の心理セラピー「英語アファメーション」で夢はかなう!』)を読むと、「潜在意識に『自分はできる』とか言い聞かせると良いよ!」とか書いてあります。
目標を紙に書いて毎日見て擦り込んでると夢が叶うとか書いてる自己啓発書も多いです。

でも、潜在意識に無理矢理入れようとしても、入らない気がします。

先に出してあげた方が良い気がする。

だから、何も考えずに、出すことだけに集中します。
トリガーリストとか、何も見ずに、ただ白紙に書くだけ。
一人きりで、集中して、書いたことをどう使おうとか、こんな事書いたら恥ずかしいとか、一切考えず、ただ出すだけ。
ウンコやオシッコを排泄する感覚で。

すると、カタルシスが得られて、その後はあらゆるものが心のなかにすっと入ってくる感じがします。
そして、考えなきゃいけないことを、他のことをしている間も、勝手に考えてしまっています。

なぜそういう効果が得られるのか、ちょっとだけ考えてみると、どうでも良いことが頭の中を勝手にぐるぐる回ってしまうのは、それがどうでも良いことだと理解できていないからだと思われます。
というか、具体的にはっきりした形になっていない思考や不安は、頭の中に居座り続けると思うのです。
だから、言葉にして紙に書いてあげると、脳は、ああこういうことかと納得して、考えることをやめてくれる。
そうやって余計な考えを排泄してあげると、意味のある、考えなきゃいけないことをちゃんと潜在意識が処理し始めて、他のことをしながらでも自動的に考え続けてくれる。
そんな感じだと思います。

朝起きてすぐにやると、頭が働き始めるし、夜寝る前にやるとよく眠れるような気がします。昼間にやっても良いけど、他人に見られないところでやった方が集中できるので、仕事中はやりにくいかな。

GTDの「収集」と同じじゃね? という感じもすると思いますが、「やらなきゃいけないこと」を「全部」「集めなくちゃ」と思うのと違って、ただ思いついたことを書くだけなので、敷居は低いと思いますよ。そしてやってると気持ち良くなってきてたくさん書けてしまうのは、同じ。

日記とかツイッターのように、読み手を意識してしまうと、敷居が高くなるし、エンタテインメントしなきゃ、と思ってしまうので、一人で紙に書くだけの方が良いと思います。
あと、自分が紙を見るだけなので、恥ずかしがらずに何でも書きましょう。

ぜひ試しにやってみてください。気持ち良いですよ。

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2010/07/27(火) 23:26:23

[考えない練習] 「わかっちゃいるけどできない」改善法 ~ 煩悩リセット稽古帖2

『煩悩リセット稽古帖』は、そでの部分に

本書を少し読むと、まるで心理学の本のようだと思われるでしょう。
そう、仏道は、宗教ではなくて、お釈迦さまが見抜いた心理学。
現代に生きる私たちにこそ役に立つ精神トレーニングメソッドなのです。


と書いてあるような本ですが、しかし、第1章のはじめの「業(カルマ)」についての説明が、やや「怪しげな宗教風」に感じられてしまう気がします。
「業(カルマ)は心の中に蓄えられたエネルギー」という最初の記述より、その何ページか後の「私たちを裏から操っている潜在力、それが業(カルマ)です」という表現の方が、まだ受け入れやすいと思います。

この「業(カルマ)」というのは、私は、「反射」だと思っています。
要するに、パブロフの犬です。
身体の条件反射ではなく、脳の、脳内の電気信号とか化学物質の条件反射。

「ふつうの燃料は使うと減りますが、業(カルマ)の煩悩エネルギーは使うと増えるのです」とこの本では書かれていますが、反射の回路が太くなっていく、ということだと私は解釈しています。

同じ反応を繰り返していると、その反応に至る道が、広く通りやすくなっていく。
タバコを吸っているとどんどん吸いたくなり、毎日酒を飲んでいるとどんどん飲みたくなり、食べれば食べるほど食べたくなる。
ネガティブなことばかり考えていると発想がどんどんネガティブになっていく。

以前に書いた(「続ける」小手先の技術に頼らない)ように、『自分がたまらないほど好きになる本』という本に

行動を起こすたびに、その行動の裏にある動機となる感情、姿勢、信念を強化している


と書いてあります。

行動を起こす、あるいは起こさないことによって、我々は毎日、反射のパターン、つまり「自己」を作っているのです。

だから、正しい行動を起こして、それを続ければ、正しいパターンが身につくわけです。

ただし、気をつけないといけないことが一つ。
それは、行動分析学で言う「行動随伴性」の考え方によって、反射は身につくということです。

行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)』という本に、ハトにキーをつつかせる話が載っています。

ハトに、まず赤や緑の光を見せる。緑の光の後にキーをつつくと、エサが出てくる。赤の光の後にキーをつついても、エサは出ない。そうすると、ハトは赤の時はキーをつつかなくなり、緑の時だけつつくようになる。

こうやってキーをつつかせるわけですが、重要なのは、強化すべき行動の後、すぐにエサを出すということです。そうしないと、違う行動を強化してしまう。

ハトでも人間でも、こうやって行動を身につけるので、例えば、トイレの電灯をつける、という行動は、直後に明るくなってトイレが使えるのですぐに身につきますが、電灯を消す、という行動は直後には良い結果が出ないので身につけにくい。

最近私はiPadの「太鼓の達人」で遊んでいます。リズム感全くなしの下手くそですが、やってると、だんだん叩けるようになる。「うまくなってやろう」とか「どうすればうまく叩けるのか」とか、まったく考えていません。でも、やってればうまくなる。それは、自分がiPadをタップした結果が良かったのかどうか、即、画面や音でわかるからだと思います。この「即」が重要。

「行動分析学入門」でも、ハトに行動を教えた際の体験談が載っていて、行動を教える技量によって結果にものすごく差が出るということが書いてあります。

効率よく行動を教える秘訣として「即時強化」「目標は少しずつ引き上げること」「挫折をした際の対処の仕方」の3点が挙げられています。

『煩悩リセット稽古帖』でも

ネコッコの躾をする際には、現行犯で捕らえて教えるのが大切であることは申すまでもないでしょう。
同様に、わたくしたちの心をコントロールしようとするにあたっても、欲望や怒りという煩悩が湧きあがってきたそのときに、現行犯で捕らえるのが肝要です。


と書かれています。

「人間の心には双曲割引という性質があるんだ!」という発見も良いですが、むしろ、人間の行動のほとんどは反射で行われていて、反射は行動随伴性で身についていく、と理解した方が、改善する方法を考えやすいと思います。

池谷裕二が『考えない練習』の対談で言っているように

人間の行動はほとんどが脳の反射によるもので、本当は自由意思なんてないんだ、自由否定しかないんだと言うと、そのことを悲しいととらえる人がとても多くて、逆に私は衝撃を受けたんですけどね。
反射しかないんだったら、その反射を鍛えれば良い、むしろやることが限られて良いじゃないのかなと思うんですが。


と私も思います。

そして自由否定を活用して反射を組み換えるトレーニングについて、『煩悩リセット稽古帖』で

簡単かつ実用的なる新しい仏道実践法を開発いたしました。名づけて「三秒観」。


と書かれている方法。
要するに、心の動きに気づいたら、行動や言葉にしてしまう前に、3秒待つ、というだけのことです。
これで、反射として学習してしまわないようにする。
しかしこの方法、『自分がたまらないほど好きになる本』にもまったく同じ方法が載っていて、「中止法」「拡大法」と名づけられています。
アメリカを代表する心理学者と日本の僧侶、ほとんど同じことを言っています。私の実感としても、正しいです。

「わかっちゃいるけど実行できない」を実行するための訓練法は、今日紹介した本に書いてあると思うのです。

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2010/03/11(木) 23:50:49

[潜在意識] 犬のしつけかたを参考にしよう

セルフコントロールはいつも、衝動的な自分と、理性的な自分の戦い。

戦いが始まったと思ったら、ちょっとメタ視点に立ってみて、元気いっぱいの犬と、飼い主を想像しよう。

ちゃんとしつけがされた犬は幸せだ。
正しい行動を取るから飼い主に怒られず、太ったり、他人に迷惑をかけたりもしない。
でも、しつけられた犬にとっての一番の幸せは、正しい行動を取る時に、いちいちストレスを感じないことだ。

しつけされていない犬は、怒られて嫌々飼い主の言うとおりの行動を取るから、すごくストレスを感じる。

だから、自分をうまくしつけないといけない。ストレスなく正しい行動を取れるように。

問題は、行動の結果がすぐ出ないこと。
「長期的に見て正しい行動」を「短期的にも正しい行動」にしてあげることによって、しつけができるのだと思う。
正しい行動を取ったときに、「すぐにその場で」おやつをあげたり、褒めてあげたりする。これが遅れると、人間の無意識も正しい行動とそのメリットを結びつけて学習することができない。
時間的接着性のないことは、人間の無意識も、犬も理解できないのだ。

人間の行動は「好き」「嫌い」で決まる。
何かを「好き」と学習するのは、要するに、もともと「快」であるものと、時間的に接着していた時だ。いわゆる、パブロフの犬。

正しい行動をとるのが当たり前、無意識に正しい行動を取るようになるまでしつけができれば、ストレスを感じない。
しつけができていないと、正しい行動を取っても「我慢した」というストレスを感じてしまうし、逆に、正しい行動を取れなかったときにも「ああ、しまった」とストレスを感じてしまう。すごく不幸だ。

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2010/03/10(水) 21:58:26

[キーボード・タイピング] たった一つの冴えたタイピング練習法

タイピングが速くなる方法は、

とにかく間違えないように大量にタイプすること

だと思っています。

タイピングは、意識せずにできなければ意味がない。無意識にやるには、とにかく数多く繰り返すこと。
ただ、完全に同じことを繰り返さないといけないと思っています。
同じことを繰り返すと無意識にできるようになる、というか、無意識に「やってしまう」。
だから、間違った手順を繰り返すと、毎回同じ間違いをする。
ぼくは、実感として、ミスタイプするのは「き」が多くて、これは、「き」を含む何らかのパターンのタイピングを、間違った形で無意識が学習してしまっているのではないかと思います。
タイピングソフトとかで練習すると、つい、指を速く動かそうと意識してしまいますが、そうではなくて、正確に動かすように意識して繰り返すべきだと思います。
すでにある程度タイピングができている人がさらに上達するためには、よく打ち間違えるキーや文字列を特定して、それを正確に打てるように練習するべきなんじゃないでしょうか。

そしていつものようにセルフコントロールの話につなげますw
池谷裕二先生によると、人間には「自由意思」ってものはなくて、あるとしても「自由否定」だけだそうな。
無意識が先に行動を決定してて、それに異を唱える自由だけはあるかも知れないよ、と。

じゃあ、無意識を鍛えれば良いのですが、どうやって鍛えるかというと、同じ行動を何度も何度も繰り返して、「無意識にやってしまう」ようにする。
すでに無意識にやってしまっている間違った行動については、意識して、正確に正しい行動を取って、それをとにかく数多く繰り返す。
難しいですが、丁寧に、根気よくやるしかないと思います。

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2010/03/02(火) 23:33:15

[考えない練習] なぜ余計なことを考えてしまうのか

失敗する原因が余計な考えごとである(考えない練習1)なら、なぜ私たちは余計なことを考えてしまうんだろう?

考えられることとして、集中しすぎてしまうと物理的な危険を避ける能力が下がるので、かつてはサバイバルに不利だったんじゃないか、というようなことを以前書いたと思います。危機感・恐怖を見逃さないことが生存のために重要であったため、脳は常にそういった要素を探すようにできているんじゃないか、と。

『考えない練習』という本では、仏教用語を用いて、五感から得られる経験済みの感覚よりも、脳が生み出すネガティブな考えの方が刺激が強いから、という考え方が書かれてたように思います。

私は、もう一つ、「考えごと」には形がないから、じゃないかと思うのです。

目に見えない、正体がはっきりしない、なんかもやもやして、つかみどころがない。
だからその正体を見極めよう、しっかりと捕まえようとしてしまうのではないか。

もしそうであれば、目に見えるようにして、「わかった」と思えば、壊れたレコードのように繰り返し頭の中で再生されることもなくなるのでは。

つまり、頭の中のもやもやしたことは、紙に書くことで、目に見える、音声に変換できる言葉に変わって、五感からの情報のように消化できて、いつまでもくすぶり続けずに済むのではないでしょうか。

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2010/02/23(火) 21:58:44

[考えない練習] 考えない練習3

環境から反射的に、勝手に、自動的に「考えてしまっている」ことがあって、そんなのは自由意思じゃなくて、逆にそれを否定することこそが自由意思なんだよ、と。
だからそんな余計な考えごとは、安心して捨てちゃいましょう。自然なままに任せてちゃ、今の世の中生きにくいですよ、という話でした。

みなさんそれぞれ、いつもやってしまう余計な考えごとのパターンがあると思います。

イヤなことがあった時に、その原因・責任が誰にあるかばかりを考えてしまう人。結構いますね。現状にどう対処するかは全く考えないんですね。その考えに行く前に、現状認識の時点で、現状を受け入れず、「こんなはずじゃない、おれのせいじゃない、誰のせいなんだ」という方向にばかり考えが行ってしまうんですね。

ぼくの場合は、「青い鳥症候群」です。

どこかにきっと、努力せず、辛い思いもせず、健康的にラクに痩せる方法があるはずだ。
仕事が楽しく、成果が上がる方法があるはずだ。
ストレスを感じず、毎日が楽しくなる方法があるはずだ。
そんなことばっかり考えてる。
考えて、調べて、その通りやっているのに、うまくいかない。
努力してるのに、報われてない気がする。

でも、違いました。
少しずつ痩せているし、痩せる方法が「わかる」から「できる」に近づいてきてるし、仕事の成果も充分あがっている。
ただ、それを実感できてないだけ。
余計なことを考えてるせいで、幸せを味わえてないだけ。
野生の動物は、一生懸命食料を得ても、それを味わえるのは一瞬。まして、ラクして幸福感をずっと味わえる方法なんて、あるわけがない。
一瞬しか味わえない、貴重な幸福感を、集中して、他の余計なことを考えずに味わうこと。
仕事にしてもダイエットにしても、一気に大きな成果が得られて以後ずっと幸せ、なんてことはない。
毎日少しずつ得られる充実感、達成感を大事にしていくしかない。
本当はすぐ近くにいる幸福の青い鳥に気づかずに、どこか遠くに青い鳥がいると思いこんで、一生懸命走り回ってる。
それが自分だったなあと思うのです。

タバコにしても酒にしても食い過ぎにしても、すごい副作用があることが、理性ではわかっているのに、「何もかもを解決してくれる魔法の薬がどこかにあるんじゃないか?」と、都合の良いことを、「反射的に」、一生懸命仕事をしたのに充実感が得られなかったタイミングとかで、「考えてしまう」。たばこも酒も過食も、感覚を麻痺させてくれるモルヒネ的効果はあるので、悪い「反射」がどんどん身についてしまう。

そんな感じだったと思うのです。

余計な考えごとのパターンって、すごく個人差が大きいと思います。
過去に自分が繰り返したパターンや、環境や身体の状態によって、反射的に余計なことを考えてしまっているのだ、ということをとことん理解する。
そして自分は、そういった反射に拘束されている不自由な状態であることを自覚しないといけない。
自由になるには、自分を拘束している反射のパターンを理解して、余計な考えごとを捨てていくこと。
だと思うのです。

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2010/02/22(月) 21:49:20

[考えない練習] 考えない練習2

余計なことを考えてしまい、集中できないせいで、すごく色々と悪いことが起こる。それが諸悪の根源と言って良いほどに。
でも、余計なことを考えてしまうのは、もともとの脳の性質なんだよ、と。
だから「考えない練習」をしましょう、という話でした。

でも、本当に考えなくて良いの?
考えるっていうのは人間にしかできない素晴らしいことなんじゃないの?

まず、考えなくちゃいけないことと考えなくて良いことを、ちゃんと分けましょう。
昔と違って、今は、物理的な生命の危機なんてめったになくて、その代わり別のストレスがいっぱいなので、もともとの脳の性質のまま、本能のままに脳を使っていては、幸福感は得られません。

そして、「考えてしまう」のは、自由意思で行っていることではないと認識することが重要です。
気がついたら考えてしまっている、というのは、自分の意思で「考えよう」と思って考えるのとは別だ、というのは直観的に理解できると思います。
でもそれだけの話じゃなくて、そもそも、自由意思なんてものがこの世に存在するのか? という話です。
池谷裕二の『単純な脳、複雑な「私」』という本に、結論に近いことが書いてあって、是非読んでほしいんですが、要するに、自由意思なんてものは、ないのです。
あるのは「自由否定」だけ。

環境が脳の「ゆらぎ」を決めてしまって、それに反応して動いているだけなのに、自分の意思で行動していると勘違いしている。
つまり、ただの「反射」なのに、自由意思だと思っている。
でも、この「反射」のあと、実際に行動するまでの間にはタイムラグがあって、その間に、ぼくらは、反射を否定することができる。
もし自由意思があるとしても、これだけしかない。

「考えてしまう」のは、自由意思じゃなくて、反射。
その反射を否定することが、自由意思。

だからやるべきことは、悪い反射を否定して、良い反射を増やしていくこと。
つまり、余計なことを考えない練習です。

次回、さらに具体的に何をどうすれば良いか、考えます。

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2010/02/21(日) 20:48:58

[考えない練習] 考えない練習1

考えない練習』という本を読みました。
「はじめに」の最初に、いきなりこう書いてあります。

私たちが失敗する原因はすべて、余計な考えごと、とりわけネガティブな考えごとです。



失敗する原因は「すべて」「です」と言い切ってしまっているところが、期待感を抱かせてくれます。

が、しかし。目次を見ると……

第1章 思考という病
第2章 身体と心の操り方
第3章 対談 池谷裕二×小池龍之介

となっており、第2章は「話す」「聞く」「見る」「書く/読む」「食べる」「捨てる」「触れる」「育てる」となっていて、全体のほとんどを占めています。

つまり、考えない練習について詳しく書かれているのです。

最初の一文の断言が、なぜできるかを、もっと詳しく解説して欲しかった。
それなしで、いくら練習法について詳しく書かれても。

もちろん、練習法の中で、なぜ最初の一文が言えるかについても触れられてはいるんですが、練習法の説明が終わってまとめもなしで、いきなりおまけ風の対談、というのはいかがなものかと。

ただ、私の直感は、最初の一文が正しいと告げていますので、ここで考えてみます。

著者はお坊さんなので、どうしても仏教の用語で説明してしまうんですが、それだと私たちにはかえって説得力が落ちてしまう気がします。

まず当たり前の話として、スポーツ等で集中が必要なときに、余計な考えごとをしていると、失敗します。

次に、仕事でも、考えてもしょうがない思考に邪魔されて、効率が落ちているのは、GTDで集中力が増した実感を得たことのある人なら、よくわかると思います。
「この仕事、あとどれくらいで終わるかな。ホントにこの仕事やってて良かったのかな。もっと先にやっとかなきゃいけない仕事があったような気がするな。先週金曜日に課長になんか言われたんだよな……」というのが、余計な考えごとです。そんなことは仕事を始める前に充分考えておくか、課長に言われた時にメモしておけば良かったのです。

それから、何も考えずに作業を始めれば、何ら苦痛を感じることなく終わる作業なのに、ちょっと一呼吸入れたばっかりに、「ああ、めんどくさいなあ。明日まとめてやろうかなあ」と考えてしまって、動けなくなる。

さらに、事前には「セックスしたいしたいしたい」と考えていたはずなのに、終わってみたら、全然満足してない、というか、どうでも良いこと考えながらテキトーなセックスをしてしまっていた、とか。いつも「何か食いたい」と思いながら、実際に食う時にはテレビ見ながら飲み込んでて味を覚えてない、とか。要するに、集中して味わってない。

これらはすべて、脳という器官のヤクザな性質のなせる業なのです。

もともと脳は、生命の危険を避けるため、恐怖や危機感を見逃すまいとしています。
それに対して、幸福感や穏やかな気持ち、五感から来た電気信号の中でも変化のないものは、スルーしてしまうのです。
飢えや性欲は長時間続きますが、味を感じる幸せ、射精感は一瞬で終わります。
食欲や性欲は、それがなければ必死で行動しないから強く、幸せは、ずっとそれに浸っていては危険なので、一瞬で終わります。

そして脳は、五感から来る情報に対して、データベースができあがった(大人になった)後は、割と判断が速くて、「ああ、以前のあのときと同じだな」と、すぐに飽きてしまいます。
逆に、脳内で過去のデータベースを元に作られる、特にネガティブな情報に対しては、「大丈夫かな? 危険じゃないかな?」と、長いこと考え続けちゃうんです。

「一切皆苦」ですな。

「考えない練習」では、五感を研ぎ澄ませて「思考病」を治そうとします。
GTDでは、信頼できる脳外装置に心配事をすべて吐き出すことによって、脳がクリエイティブに働くようにします(GTD ストレスフリー 余計なことを考えない)。
勝間和代も、コンサルティングを依頼されたときに、まず「考える意味があるかどうか、自分が考えることによって価値が出せるかどうか」を考えた、というようなことをどっかで読んだ気がしますw

余計なことを考えないことが重要なのはわかりました。
でも、人間ってもともと余計なことを考えるようにできてるってこともわかりました。
どうすれば良いか、次回もうちょっと考えてみようと思います。

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2010/02/14(日) 23:59:08

[ダイエット] 食べ過ぎない技術

技術を身につけるためには「無意識にできるようになるまで意識して繰り返す」ことだと思います。
ぼくが一番実感としてわかりやすいのは、タッチタイプです。
最初は意識して「i・s・i・k・i・s・i・t・e」と入力しています。
しかし、だんだん「i・si・ki・si・te」になって、数タイプのセットを指が覚えると思います。
そして、アルファベットなんて全く意識せず、書こうと思う日本語を頭で思い浮かべるだけで指が動くようになる。
技術を身につける過程として、実感としてすごくわかりやすい。

イチローの名言に「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない」というのがあります(twitterの名言ボットがつぶやいていました)。

技術を磨くというのは、無意識にやっていることを、意識してよりよくやるということなのかな、と思います(イチローの言葉だけに)。

今日、『考えない練習』という本を読みました

ダイエットのためには、他の考え事をしないで、意識して、食べることに集中して、味わう。
しっかり心をとどめて食べることによってのみ、食の満足を得ることができる。

満足を得ないと、「食べちゃダメ、食べちゃダメ」と考えてしまう。
潜在意識は否定形を認識できないので、食べることを意識してしまう。
普段食べることを意識しないことが、ダイエットのためには重要なのに。

食事の時に、充分に意識して食べる。それによって、本当に深く食事を味わうことができ、また、食事以外の時に食を意識しなくて済むようになる。

一度身につけた「食べる」という技術。
それをより良いものにするために、「もっと意識をしなければならない」。


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2010/01/20(水) 06:04:49

[続ける方法] 双曲割引

双曲割引って、時間的に近い方の材料を重視して判断する、ってことじゃないと思う。
「重みをつけて判断」なんかしてないと思うんだ。
あらかじめ、「何となく無意識に決定」してて、後で適当な理由を考えているだけなんじゃないか、というのが実感。
理由を思いついたときに「判断してる」気になってるけど、実は無意識が先に決定してる。

そして、無意識は因果関係を理解できない。理解できるのは相関、もしくは時間的接着性だけ。
例えば犬がおしっこをした時、直後に叱れば、犬はなぜ怒られたか理解できるけど、時間が経ってしまったら理解できない。
二日酔いになったとき、意識では「昨夜酒を飲んだのが原因」と理解するけど、無意識は理解していない。
無意識が理解しているのは、飲酒と時間的に接着している、ほろ酔いの良い気分や、ストレスを感じることから逃げられたこと、仲間と楽しく話せたこと。
飲酒と、仕事が終わった開放感、仲間と会話できた楽しさの間に、因果関係がなくても(酒を飲まなくてもそういった楽しさは得られることが多いはず)、両者は時間的に接着しているので、無意識は相関を学習する。
もし酒を飲んだ瞬間に二日酔いが始まって、あとでほろ酔いの良い気分になるとしたら、かなりの人が酒の害から逃れられると思う。

無意識が先に結論を出してしまってて、理屈はそこに引っ張られるから、いつも理性は負けてしまう。理屈で勝とうと思わない方が良い。

望ましい行動をした直後に、それが「快」であり好ましいということを、無意識に教えてあげて、学習させる。それしかない。
人間は理屈で動かない。感情で動く。

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2009/10/18(日) 14:16:38

[日記] サブリミナル

原罪

以前ここを走って通り過ぎたとき、なんかどきっとしたんです。前向いて走ってたんで、視野の端っこに入っただけなんだけど、無意識はちゃんと認識してたんですね。フォトリーディングじゃないけど。

で、どきどきしながらUターンして確かめたら、こんな怖いこと書いてあった。で、撮影しました。
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2009/10/14(水) 16:11:47

[潜在意識] 「自己創造」の絶対ルール

自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)
(2009/09/18)
ジョージ ウェインバーグ

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わたくし、いわゆる成功本とかライフハック本とか、たくさん読みました。
昔から好きなんですね。
大学受験(15年以上前)に成功したのは、『合格する参考書・ムダな参考書』っていう本(うろ覚え)を読んで、自分で色んな本を読んで勉強法を研究したからだと思うし。
中学生のころから『ホイホイ勉強術』(多湖 輝)読んだり、サッカーの難しい本読んだりしてた。
しかし、ご覧の通り、一向に成功していないわけです。
それどころか、自分の行動に後悔ばっかりしてる。最近、特にひどい。不幸になってきてる気がする。
なぜか。
方法がわかっても、実行できないから。
具体的にやるべきことやその成果、やった結果の成功例なんかを本で読むから、余計タチが悪いわな。

勝間和代は「本当に腹落ちするまで理解すれば、行動は変わる」とか「妬まず、怒らず、愚痴らず」とか「酒・たばこ・テレビは時間のムダ」とか言うし。
『夢をかなえるゾウ』のガネーシャは「意識を変えても、永遠に成功できへん。意識を変えずに、環境を変えるんや」とか言うけど。

たぶん、それ以前の問題だ。

まず変えるべきは、無意識。
成功本やダイエット本を読んでも、無意識に問題があると、実行できない。
『「続ける」技術』を読んでも、無駄だ。

この本をじっくり読むしかない。線を引くとか抜き書きするとかマインドマップつくるとかもしつつ、とにかく時間をかけて考えながらじっくり読むべきだ。
悪い無意識をすべて退治すれば、まず幸福になって、それから成功するだろう。
そう簡単にはいかないだろうけど、悪い無意識と戦う方法が書いてある。
何をがんばれば良いかがわかる。

タッチタイプができるようになるには、無意識にできるようになるまで、意識して繰り返す。それしかない。

英語のタイトル"SELF CREATION"は良いけど、日本語のタイトルはいまいち。
しかし、地味な本だ。リアル本屋で立ち読みしない限り出会わなかっただろう。文庫本で安いし。でも、本当に本質的なことが書いてあるんだよな。
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