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セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2011/11/30(水) 05:52:12

[日記] 思った通りに行動できなくなったら

今までも、今回も、新規エントリがないのは環境が大きく変わった時で。
体重も一気に増えてしまった。
こういう時は、『自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)』を読むに限る。

「なんらかの”行動”を起こしたとき、それが、行動のきっかけ(動機)となった”考え”をさらに強めている」

これを本当に理解すると、人生が変わると思います。
そして、人間には、自由意思はなくても、行動を起こさないことはできる。拒否権はある。
だから、「中止法」という訓練で、思った通りに行動できるようになるし、思った通りの人間になれる。

前にも書きましたが、みなさんにも、ぜひ『自分が「たまらないほど好き」になる本―「自己創造」の絶対ルール (知的生きかた文庫)』を読んでほしいと思います。
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2011/06/13(月) 21:38:11

[日記] もしAKB48総選挙が一人一票だったら

もしAKB48総選挙が、一人一票しか投票できないシステムだったら、メンバーはどうするでしょうか?

まず考えられるのは、家族、親戚に一票を投じてもらうことでしょう(血縁)。得票数によってテレビに出られるかどうかが決まり、それによって今後の人気の伸びにも大きな差が出てくるのですから、必死なはずです。親戚だけじゃなく、出身地の町内会や近所の有力者に協力をお願いするに違いありません(地縁)。さらに、出身校の同窓会とかにもお願いするでしょう。
それでも、全国規模で考えれば、大した票になりません。人脈を広げるのにも限度があります。
となれば、やはり買収。もしくは会社社長等の有力者を枕営業でゲットする。
さらに安定して票を獲得する方法としては、宗教団体・外国人コミュニティ・労働組合・教職員組合等、人の団結力の強い組織を味方にする方法です。これらの組織を味方につけるためには、最低限、テレビに出た際に、これらの組織に「配慮した発言」をする必要があるでしょう。しかし、これらの組織に属する人たちは、世間の空気にカンタンに流されませんから、安定して自分に投票をしてくれるはずです。

さらに、「センター」の座や、メディアへの露出が「間接民主制」で決められるとしたら?

選挙のノウハウや、必要な資金を提供できるものが中心になり、派閥をつくるでしょう。
それから、別に共通の方針や考え方がなくても、とりあえずグループを作らなけりゃソンなので、みんなグループを作るでしょう。
そして最多数のグループのメンバーの中で、「センター」の座を順番に回すことになるでしょう。
最多数グループの者がメディアに露出し、それ以外の者は露出しないので、次の選挙でも最多数グループが勝つでしょう。
グループから外れると間違いなくソンなので、グループの最有力者の文句は言えなくなるでしょう。

かくして、宗教団体・外国人コミュニティ・労働組合・教職員組合等、団結力の強い組織を後ろ盾にした、選挙のノウハウと資金を持った者を中心とした、特に共通の方針や考え方があるわけでもないグループが、その内部で順番に「センター」の座を回し、我々は、特に可愛くもないメンバーの顔ばかりテレビで見なければならないハメに陥ります。

一方、金で何票でも買える現在のシステムでは、熱心である者ほどたくさんの票を投じます。「これまでのAKBの歴史や、AKBへの貢献度」を重く評価するというバイアスはかかりますが、それでも、熱心な者は熱心でない者に比べ、メンバーを正しく評価できるはずです。よって、投票しない我々も、より可愛い女の子をより多くテレビで見ることができるはずです。

戯れ言でした。
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2011/04/18(月) 22:29:20

[日記] 防御は最大の攻撃

もともとわたくし、守るのが苦手というか嫌いで、守るくらいなら無防備にやられて耐える方がマシ、という感覚で耐えてきて、耐えるのは結構得意だったりするんですが。

防御は最大の攻撃、というか、攻撃してるつもりで守ると、意外と道が開けるなと最近思うようになりました。
ただ耐えるんじゃなくて、攻撃のチャンスを作るために守ってるんだ、と。相手が隙を見せるのを待つ、いや、相手に隙を作らせてるんだと思いながら守ってると、まるで自分が攻撃してるような感覚になれるな、と。

常に「攻め」の仕事ができれば幸せなんですが、仕事ですから受けに回らざるを得ないことも多くあります(特に最近の私)。そして相手に隙がない場合、全く攻めることができなくて、つまらないことこの上ない。そういう時「防御は最大の攻撃」と思うと、かなり気がラクです。きっちり、慎重に守っていれば、隙を見せない相手って、めったにいません。特に理不尽にこちらを攻撃してくる輩は、しょせん弱い相手にしかモノを言えない人間で、たいていは調子に乗って失敗します。失敗させてから思う存分攻撃して、相手に引き際を与えて、つまらない戦いを終わらせる。というのが一番速くて楽な気がします。オセロのような感覚。

自分が失敗してそれにつけこまれてる場合、正論で攻められてる場合、客商売でむやみにこちらから攻めることができない場合、攻撃的に守るとかなり良い感じです。
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2011/04/13(水) 22:27:48

[日記] 動かない、変化しないとすごく疲れる

デスクワークで疲れるのって、身体を動かしすぎるからでは決してないですよね。なのに、実際疲れる。動かさず、固定しすぎるのって、ものすごく危険だなと最近思うわけです。身体の動かしすぎについては、筋肉(神経)にリミッターが付いてたり、息が切れたりして安全装置が働く。でも、固定しすぎについてはそれがない。
同じ距離・方向のものを見続けて、眼球が固定されすぎて、目が疲れる。
首を固定しすぎてて、肩がこる。
単調な講義を受けたり会議に出たりして、眠たくなるのは、脳に刺激が行かなくて、「流れ」が滞って、固定されてしまうから。
ずっと動かずにじっとしてたり、狭い、変化のない部屋に閉じ込められたりしたら、すぐに精神が疲れてしまう。

一番簡単な解決法は、たぶん、歩くこと。
いろんな距離・方向のものを見て目を動かすには、自分の身体を移動させるのが一番良い。
人間が一番得意で、長時間続けられる「歩く」という運動によって、身体中に血液が行き渡り、「流れ」がよどまない。
脳に刺激を与えるにも、身体を動かすのが一番良い。そして脳の血行も良くなる。

それから、身体の一部が「固まって」しまった場合、そこを無理に動かそうとせずに、ほかの場所を動かした方が良い気がします。
例えば、首を右に回すと痛い場合。動かさずにいたから固まってしまったから、動かそうとするわけですが、ここで無理に右に回すと余計痛くなります、経験上。そういうときは、痛くない方向に、無理せず何度も動かす。するとだんだん、右に回す動作も楽になってきます。
右の鼻が詰まっている場合。無理に右を通そうとしても、うまくいかない。逆に、右の鼻を押さえてしまって、まったく空気が通らないようにして、左の鼻の穴で呼吸する。しばらくすると、右の鼻も通るようになります。
お試しを。

あ、あと、眠るときに重要なのは、寝返りを妨げないようにすること、らしいです。
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2011/03/15(火) 23:01:06

[日記] 起きていることはすべて正しい、わけがない。でも……

勝間和代が『起きていることはすべて正しい』って本とかで言いたかったのは、「事実から目をそらすな」ということであって、起きている悲惨なことが「正しい」というわけではもちろんない。

ただ、起きていることに対する解釈は自由で、正しいとは限らなくて、だからこそ救われることもあるし、傷つけられることもある。
いろんな解釈をできるようになっておくこと、受け入れはしなくても、オプションとして持っておくべきだと言うことは、前のエントリ(小説はあなたを救う ~ ともぞうブログ)で書いたとおり。

でも、事実からは目をそらしちゃいけないけど、間違った解釈からは、むしろ積極的に目をそらすべき。
そして明らかに間違った解釈は、「天罰」。
そんな解釈もあるんだと知るだけ知って、華麗にスルーすべきだと思います。

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2011/01/17(月) 08:56:37

[日記] NTRは絶対に笑ってはいけないか

このブログはわりと真面目な話が多いのですが、今日はどうでもいい話を。

と言いながら、小難しい話をしますが、人間、他人が痛みを感じているのを見ると、自分が痛みを感じたときと同じ脳回路が活動するらしいです。人間に限らず、ネズミでも、同じ巣の仲間の苦痛を理解するのに、痛みの回路を使っているそうな(『単純な脳、複雑な「私」』池谷裕二)。

ちょっと違うかもしれませんが、言い換えると、「他人が痛がっているのを見ると自分も痛くなる」。

たぶんこれを応用してると思うんですが、最近のテレビ番組、やたら出演者が美味しいモノ食べてますよね。派手に「うまい!」とか叫びながら。視聴者も、見てるだけで、なんとなく良い気分になるという計算じゃないでしょうか。

それから、伝える内容は編集されたビデオを流すんだけど、画面の隅っこに四角い枠を作って、そこにビデオを見ている出演者の顔を映す方法(ワイプというらしい)。

何かを表現するときに、その対象自体を描写するんじゃなくて、その対象が周りに与えた影響、もしくは周りの人間のリアクションを描く、というのはある意味基本ではあるんだけど、テレビで出演者がワイプの中で無理に表情作ってるのを見ると、「視聴者をバカにしてるのか」と思いません? 「ビデオのなかみなんか、アンタには理解できないだろう。このビデオを見た人は普通こういう反応をするんだぞ、教えてあげよう」的な意図を感じるのです(感じすぎかもしれません)。単純に、出演者が何か面白いことを言ったときに、録音された笑い声が挿入されるのと同じだとは思うんですが。

みんな(テレビの中の出演者)が面白がってるから、これはおもしろいに違いない、と思いながら見てると、本当に面白く感じてしまう、ということだと思います。

で、「絶対に笑ってはいけない」シリーズでは、笑ったらおしりを叩かれることがわかっているにもかかわらず、出演者は笑ってしまうわけです。それだけ出演者が本当に面白がっている。そして、「他人が面白がっているのを見ると自分も面白くなる」。

ぼくはよく知りませんが、NTRって、気持ち良くなってはいけない状況で気持ち良くなってしまっている人を見て、自分も気持ち良くなってしまう、ということなのかな、と思ったり。

いや、どうでもいいことを長々とすいません(笑)
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2010/09/07(火) 01:11:49

[日記] 思い入れ・緊張感・想像力

2003年1月27日の日記です。


『ドラゴンクエスト・キャラクターズ トルネコの大冒険3 ~不思議のダンジョン~』をちょっとやってみた。つまらん。死んでもレベルそのまま、アイテムも個々について1/2の確率でなくなるだけ。しかも簡単。緊張感なし。

「次にこの行動を取ったら死んでしまって、数十時間の苦労が水泡に帰すかもしれない」という想像力。

「HP1で、普通ならもう完全にダメってピンチを脱した自分のあのときのひらめき。あれがあるから今の最強装備があるんだ」という、自分だけの物語。

 そこからくる、「冒険してる」って実感。

 そういうのさえあれば、いつまででも、何回でも繰り返し遊べるんだけど。違う方向に行っちゃってる。緊張感追求、グラフィック等強化、操作性向上だけのシリーズ続編で良いと思うんだけど。


 恋愛の楽しさとか素晴らしさ、そんな抽象的なものじゃなくても、とても楽しそう、幸せそうな恋人同士の様子を描いた、例えば恋愛小説、テレビドラマ、映画、少女漫画、そういうのを直接・間接に体験してなけりゃ、人のことを「好き」になんか、ならない。like ならあるだろうけど、いわゆる「恋愛」にはならない。悔しいけれど、世間の「恋愛教」の教徒たちのいうことに耳を傾けたほうが、幸せになれたりする。しかたない。仕事に対するやりがいとかも、そう。自分のやりたいことをやって給料をもらってる、ごく小数の幸せな人たちを除いて、ほとんどの人が、自分の仕事がどういう意味を持ってるのか、想像力を使わなければピンとこないはず。大企業、大きな組織なら、自分の役割って、限定されてるだろうし。料理人なら、「自分の料理をお客さんがおいしそうに食べてくれる」ことにやりがいを感じるだろうけれど、例えばその人が厨房から出られないシステムになってたら、お客さんの姿を直接見ることはできないわけだから、想像するしかない。そういう想像力。日本人として日本という国に住むことができている幸せとか、日本という国を今の形にしてきてくれた先人に対する感謝とか、それにともなって出てくる責任感、使命感、誇り。そういうのがないと、人生の中のひとつひとつの出来事に対する実感ってのがなくなって、ただ睡眠欲・食欲・性欲を満たすだけの生活になっちゃう。緊張感のないトルネコと一緒。つまんない人生。死んだってアイテムやレベルがなくならないから、「まあいいや」ってだらだらプレーしちゃう。精神的に失いたくないもの、守りたいものがないなら、動物と一緒。それがプライド。人間にとって大事なもの。と思うんだけどね。

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2010/01/03(日) 23:54:08

[日記] 本との出会い

本屋で、「ああ、何か立ち読みしたい本あってんけどな、何やったかな」と思うことがちょくちょくあったので、メディアマーカー - tomozoのバインダーにウィッシュ登録して、リマインダーメールで携帯に送ることにした。

あと、本屋で見ても、自分がこれまで何巻まで読んだんだったか忘れてしまってて、買うに買えない、ってことも、マンガでよくあった。これは自分でメールを書いて携帯宛に送った。メディアマーカーに発売日通知機能って一応あるんだけど、いつ出るか分からない本の発売日情報を勝手に集めてメールしてくれる訳じゃないからねえ。

そんなことをしたあと、本屋に行ったら、手にとる本がどいつもこいつも面白そうに見えた。そして実際、『体幹ランニング』をちらっと見ただけで姿勢が良くなり、古田敦也の『優柔決断のすすめ』をちらっと見ただけで目からウロコが落ちたりした(古田はドラフトで大学卒業時に選ばれなかった。それで、自分を選ぶ監督のことを徹底的に研究するようになった。ああ、オレも上司のこと徹底的に研究しなきゃ!)。

そして『自分の小さな箱から脱出する方法』と『ポートフォリオでできる自分になる!』他を買った。1万円くらい使ったけど、良い買い物した。

ネットや本屋での偶然を良い出会いにすることができ、すごくいい気分です。

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2009/12/17(木) 22:50:19

[日記] 気持ちで負けている

 なんというか、戦う前から負け、というか、戦わずして負け、という状況って結構あって。でも、敵がこちらより先に周到に用意してたから、ではなく、こちらが戦う前から周到に負ける準備をしてるわけですな。気持ちで負けているってヤツです。今私が一緒に仕事をしてる人なんかは、口癖みたいに「暑い」って言うんだけど、クーラーがガンガンに効いた車内でまったく暑くないのに言うのよね。車外で他人が汗を拭きながら歩いてたりスーツの上着着てたりするから、それを見ただけで暑い気になってしまうんです。ついでにいうと彼はいつも「腹減った」って言うけど、絶対に本当の空腹なんて感じてねえ。でもそんなの関係ねえ! 午前11時半が近づいてきたら自動的に腹が減ってくるんだ。そりゃ、多少の血糖値の変化は感じるだろうけど、人間、1日くらい食わなくたって実はどうってことない。多少腹減ったって、具体的に身体のどこかに痛みを感じるか? それよりも、時計を見て、脳味噌で、「もうすぐ仕事を中断してメシを食っても良い時間だ」って判断することで腹が減ったような気になっているんだ。幼児が注射を受ける時に、まだ注射針が刺さってないのに「痛い痛い痛い」って泣きわめくのと同じなんだ。

 タバコの残りがあと1本しかない時ってのは、完全に気持ちで負けてしまってるんだ。中毒じゃないって言うんなら、あわてて買いにいく必要なんてないのに。どんなに肉が好きな人でも、常に20切れの肉をポケットに入れてないと不安になるなんて人はいないのに。

 でも人間、仕事や学校に行きたくなかったら本当に下痢になったり、好きな相手とセックスしたら好きでない相手とするよりずっと気持ち良かったりするんだ。

 こまったもんだ。


2007年8月18日の私の日記です。
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2009/12/14(月) 05:54:39

[日記] 人はなぜ恋をするのか

 人はなぜ恋をするのか。
 恋愛小説を読むからだ。
 いやマジで。
 そういう文章をどっかで見たことがあります。今どき小説読む子供もいませんから、少女マンガやテレビドラマをみて、最近の若い者は恋をするようになるんですよ。
 いやマジで。
 本能なんかじゃありません。本能だけじゃ、人間、セックスさえできません。性衝動というのは自然と出てくるけれども、性欲は、広い意味での「教育」が施されてできる。またまた「どっかで見た」話で申し訳ないんですけど、まったくほかの人間とかかわらなかった人間って、性衝動を、他者や自分への暴力行為、破壊行動でしか表現できないんだそうです。セックスが具体的にどういうものか知らない男の子でも、ほんらい性行為とはまったく関係ないはずの、たとえば「女の子のパンツ」に性欲を感じたりする。本能じゃない。
 タバコを吸うのと同じです。はじめてタバコを吸ったとき「うまい」と思った人はいないはず。なのにわざわざ親や教師や警察官や、女性だったら男性に隠れて、わざわざお金を払って、健康を害して、寿命を削ってまでタバコを吸う。それだけ「教育」の力は強力だってことです。もちろん学校の教育のことではありません。「洗脳」といったほうがいいかもしれない。世間の空気。タバコを吸ってれば、かっこいい。そんなこと、口に出しては言わないけれど、なんとなく、そういうイメージが無意識にできてる。死を覚悟した人間がこの世に思いを残す最後の一本をうまそうに吸う映画のシーン。それが頭から離れない。
「恋」の正体ってのも、たぶんそんなもん。
 下品な言い方をすれば、胸が大きくてウエストの細い、短いスカートをはいたセーラー服の、かわいい顔の女の子と身体が密着したら、性的に興奮するのと同じ。太ってれば太ってるほど女性は魅力的、という文化だってあるし、セーラー服なんて、はじめて見る人からすれば「何?」って感じよ。平安時代の基準からしたら、今の女の子の顔なんて、どうしようもないブサイクばっかりよ。今の日本で育ったからこそ、そういう女の子にセックスアピールを感じ取れるんであって、そうでなかったら何も感じないよ。
 例えば会社の上司が高価なツボを割ったとする。部下がそれを、自分がやったことにして、自ら責任をとって切腹する。「すばらしい上司への忠誠心だ」って言うか? ただのアホでしょ。でも昔の武士には、忠義が大事だった。
 ぼくってそういう考え方なんです。「誰でも当然」とか「人間の本能」とかってことは、ホントはものすごく少なくて、単にそう思い込んでるに過ぎない。人間って誰でも恋をするんだ、とか、人を好きになる気持ちやときめきは自分でも抑えられないものなんだ、なんていうロマンチックな思想は、ぼくにはない。
 でもね。だからってぼくのことを「何が楽しくて生きてるの?」とか「つまんない人ね」とか思わないでね。
 逆なんですよ。ぼくに言わせりゃね。
 なんで、自分の父親がどんな仕事をして自分を食べさせてくれたのか知らないの? 自分の父親と母親がどういう苦労をして自分を育ててくれたのか、知ろうとしないの? おじいちゃんやおばあちゃんがどうやって働いて国に税金を払って、道路をつくってくれて、クルマでどこへでも行ける日本って国をつくってくれたの。マンガって文化はどこから来たの。誰が命がけで医学を発展させてくれたの。それを知ってるからこそ、オヤジとオカンの子供としての、日本人としての、自分がどんな人間かってのを感じとれるんでしょ。自分の人生に思い入れ持てるんでしょ。
 人間はみんな平等で、誰でも自然に恋をして、それはとってもすばらしいことで、なんていう考え方のほうが、よっぽど「つまんない」よ。自分で知ろうとして、感じ取る努力をしないと、思い入れなんて持てないんだよ。
 むしろ自分から意識して思い込め。勘違いしろ。
 自然に落ちる恋なんて、たいした恋じゃないんだ。


2003年1月6日の私の日記です。なぜこんなこと書いたのか全然覚えてないし、考えてもわかりません(^^;
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2009/12/13(日) 16:03:10

[日記] マニュアル

 絶対一人で食い切れない量の注文をしてて、連れがいる様子もないのに、「こちらでお召し上がりですか?」と聞いてきちゃダメです。絶対その場で食うはずのないかっこうをしてる場合もそう。でも、やっぱりマニュアルは要るんですよ。最初から全部「経験しなきゃわからない」で済ませてちゃいけない。外国語の勉強をする場合も、文法から入ったほうが結局は速い。「センス」とか「感性」とか「経験」とかいった言葉で何でも片づけてしまって分析をしないのはただの怠慢だとぼくは思うわけです。複雑で多種多様だからと言ってパターン化を最初から放棄してしまうのもそう。「何でも理屈で解決しようとする」。それが何か? 理屈万歳。もうちょっと、理屈で解決しましょうよ。

2001年12月27日の私の日記です。

以下追記。

職場の近くの弁当屋に、毎日弁当15個とか買いに行く日が続いたことがありました。いつも店員は同じなのに、毎回「レシートはご入り用ですか?」って聞かれてイラっとした。要るに決まってるやろ、黙って渡せや。カネ精算せなアカンねん。
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2009/12/13(日) 15:57:11

[日記] 鏡と文章

 自分の姿ってのは、鏡を見ない限りわからないんですよね。
 美しくなりたいと思ったら、まず鏡を見なきゃいけない。いい文章を書こうと思ったら、まず自分の書いた文章を読まなきゃいけない。
 自分の性格とか、どんな行動を取りがちなのかとか、長所とか短所とかも、「鏡を見」なければ、わからないと思います。形のないものを見るんだから、意識して形にしてみなくちゃいけない。文章を書くのも、その一つの方法。他人に話しかけてその反応を見るのもそう。形にしてみて、それを見て、悪いところを修正しないと、美しくなれない。自分の納得のいく生き方はできない。ダイエットするなら、まず体重計を買わなくっちゃ、だわ。
 うん、今日はすごくいいことに気がついたぞ(笑)


2001年12月16日の私の日記です。
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2009/10/18(日) 14:16:38

[日記] サブリミナル

原罪

以前ここを走って通り過ぎたとき、なんかどきっとしたんです。前向いて走ってたんで、視野の端っこに入っただけなんだけど、無意識はちゃんと認識してたんですね。フォトリーディングじゃないけど。

で、どきどきしながらUターンして確かめたら、こんな怖いこと書いてあった。で、撮影しました。
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