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セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2011/10/25(火) 06:05:26

[教養] 急がば回ればカメよりウサギ

数学に感動する頭をつくる (ディスカヴァー携書)
栗田 哲也
ディスカヴァー・トゥエンティワン
売り上げランキング: 58253


ハウツーとかマニュアルとか自己啓発書とかビジネス書とか、ぼくも大好きでよく読んでますけど、書かれてる内容って、「バカでもできる」方法ですよね。
でも、バカでもできる方法をいくらやっても、賢くはなれない。

カメでもウサギに勝てる走り方。
それは完璧なペース配分と、最短距離のコース取り。
でも、いくらそれを覚えてパーフェクトに実行しても、能力は向上しない。
もう一度レースをして、ペース配分を少しでも失敗したら、絶対に負けてしまう。
遠回りをして、ムダに全力で走るからこそ、能力が上がる。そういう部分もあるはず。
だからって何も考えなくて良いのか、何を考えてもムダなのかというと、それは違う。ちゃんと、少しではあるけれど、能力自体を上げるためのポイントってのは、あるはずだ。
それがこの本には書いてある。
ただ、カンタンに実行できるようなものではない。当たり前だが。
それを、正直に、ごまかさずに、書いてある。ある年齢を過ぎたら、その能力を伸ばすのは諦めた方がいい、等と冷酷なことも書いてある。その分信用できると思う。

食べ物に困ってる人に何をあげるか。
魚。
釣り竿。
釣り竿を作るための道具。
釣り竿を作るための道具を考え出せる能力。
決してカンタンには身につかない。受け取るのに努力が必要だ。でも、いちばん根本的で、応用範囲が広い。
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2011/08/06(土) 21:49:22

[教養] 《心》に答えを求めるな!

松本龍前震災復興担当大臣が、自分の失言をB型のせいにして、余計叩かれたのは、気持ちの良い出来事でした。ぼくもB型ですが、それはおいとくとして。

ところが、日常では、このパターンの言い訳、結構通ってる気がして許せません。

マニュアル読まずに機械使って失敗して、「だって、あたし、マニュアルとか読まない人だからぁ」って言ったり、「何で前もってちゃんと準備しておかないんだ?」ってマジで怒ってるのに、失敗したのが可愛い女の子だと「まあまあ、○○ちゃんはそんなキャラじゃないし」ってかばわれたり。

「キャラ」?
それで失敗が許されるの?
わたくし、若くて可愛い女の子は大好きですが、職場でこういう甘えたことを言う子はマジで許せません。まあ、女性の少ない職場で甘やかされてしまっているのはわかるし、仕事中以外はいくらでも許すんですが。

気を取り直して。

失敗の原因として「そういう人だから」が理由になっていないのは明白だと私は思いますが、同じような単なる言い換えが、結構世間では通っています。
「あの人、何でいつも時間に遅れるの?」「時間にだらしない人だから」
「あの人、だらしないんだよ」「何で?」「いつも時間に遅れるもん」
完全に循環論理です。
原因を考えているのではなく、ラベルを貼り、自分で貼ったラベルを見てそれを原因だと思っているだけです。
こういうラベルは、「A型」とか「几帳面」とか「神経質」とか、心の性質を表す言葉に多いです。
そして、ラベルが人の行動を縛ります。

時間に遅れた人が「まあ、いつも時間にルーズな○○さんだからしかたないよね」と許されたとします。この人は時間にルーズだという欠点を改善するチャンスを失い、次からも時間に遅れます。
だから許しちゃいけないんです。

そして、ラベルを貼って、それを信じることは、人間の性質は不変だ、という誤ったメッセージをも信じさせます。人間の能力は努力次第で伸ばすことができるという信念を持つことができない人がいかに不幸かについては、最近私が毎日触れている『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』という本を読んで欲しいと思います。

それでは、ラベル貼りではなく、本当の原因を探すにはどうすれば良いか?
一つの方法は、行動分析学の本を読むことでわかりますので、また今度書きたいと思います。





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2011/07/26(火) 00:18:23

[考えない練習] 苦しまない練習

ブッダにならう 苦しまない練習
小池 龍之介
小学館
売り上げランキング: 1315


『苦しまない練習』というタイトルですが、実際に書いてあるのは

自分が苦しんでいるということに気づく練習

です。
「苦しまない」ことに関しては、一貫して、「自分が苦しんでいるということに気づきさえすれば、自然に苦しまない行動を取る、苦しまないようになる」とのみ主張します。

人間の行動は、ほとんどが無意識に行われています。それを、あえて意識して行動するべし、と筆者は言います。そうすれば、自分で自分を苦しめている行動に気づき、自然とその行動が改善される、と。

精神的に苦しいと、人間の身体は影響を受けます。「いま、ここ」にある自分の身体に、ちゃんと意識を向ければ、自分が苦しんでいるということに気づけるはず。それをせず、無意識に行動して、頭の中で関係のない妄想を弄んでいるから、苦しみの本当の原因に気づけず、当然、永遠に苦しみはなくならない。

私はあんまり、誰かのことが憎くてしょうがないとか、他人に嫉妬するとかいうことはないのですが、自分の思うとおりにコトが進まないとイライラしてしょうがないことがあります。そんな私がこの本の中で、個人的になるほどと思ったのは、「選択の余地があると思うからこそ、腹が立つ」という項目です。
私たちに自由意思はない、という話は、私自身このブログで何度も書いていますが、にもかかわらず、他人の言動に腹が立つ。怒っても自分が苦しいだけで、何の得にもならないのに。
どうすれば良いかというと、相手のことを、自由意思のないロボットだと「気づく」ことです。

ブッダは「この意思は自分のものではない」という言い方をしていますけれども、世の中の人は二つに分けることができましょう。
 一つは「目覚めている人」であり、もう一つは「まどろんでいる人」です。
 いえ、誰もが目覚めているつもりでしょうけれども、自分が条件反射によって怒らされたり、何かを求めさせられたりしていることを知りません。そういう意味で「まどろんでいる」ということです。
 実は自由がないのに、そこに自由があると思い込み、ロボットのように動かされているだけなのに、「ロボットじゃない」と言い張っている。あるいは、自分が自由であると夢を見ているコンピュータ。これが「まどろんでいる」ということの実態です。


自分の意思も他人の意思も、「自由なんだ」と思い込む。自分が自由なんだという夢をみる。そういうことをやめ、なるべくいつも「目覚めている人」であること。
私的には、これが重要な「苦しまない練習」かなと思います。

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2011/05/06(金) 00:13:28

[自己啓発書] 人生がときめく片付けの魔法

人生がときめく片づけの魔法
近藤 麻理恵
サンマーク出版
売り上げランキング: 15


実用書で久しぶりの、オレ的大ヒットです。
思わず、すごい勢いで片づけし始めてしまいました。

二度と散らからない、片づけられる正しいマインドが身につく、大好きなモノだけに囲まれた生活ができる、正しい片づけ方がわかります。そして、片付けで、いかに人生が変わるかも。

「片付けは祭り」であり、「一気に、短期に、完璧に」やるべきだと書いてあります。
片付けの前に、理想の状態を考える。そして「捨てる」と「置く場所を決める」の二つの段階を混ぜず、まず、捨てる段階を完璧に終わらせること。
さらに、場所で分割して進めるのではなく、モノの種類ごとに一気にやるということ。
どれも納得。

「わかっちゃいるけど、捨てられない」時、どうするか。
著者は言います。「とことんそのモノに向き合ってみてほしいのです」と。

「思い切って捨てる」「機械的に捨ててしまう」のではなく、「とことん向き合う」。ある意味修行ですが。
私の場合、本棚を占領しているだけで読み返さないとわかっている本と向き合ってみて

「保留」という判断がいかにラクか

を思い知りました。「判断」せず「保留」することが、いかに新陳代謝やPDCAサイクルを阻害し、大きなリスクを負うことであるか。

有限な人生の時間の中で、自分が何に集中するべきかを判断せず保留し続け、「とりあえず読んでおいて損はないだろう」という本を消費し続ける。そんな、モラトリアムでさえない現実逃避をいつまで続けるのか。

そこまで考えさせられましたw
良いこと書いてあります。
最後には「本当の人生は、片づけたあとに始まる」とも。

世間のありがちな考え方を見せておいて反対側にぶった切る、文章の爽快感も、なかなかのものです。
欠点は、図や絵が本文中に一切ないことくらいです。

が……。
そんなことより、大変なことが。
著者のこの、ルックスです。

こんまり

しかも、元巫女さんですよ?

ただ、性格はむちゃくちゃキツそうですけどね……。

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2011/04/21(木) 06:49:39

[教養] モバゲーかモベイジか(怖いくらい通じるカタカナ英語の法則)

もう、英語のカタカナ表記を、文部科学省が変えて、統一してしまえば良いんじゃないか。

「ビジネス」は「ベゼネス」に。
「アニマル」は「エネモウ」に。
それだけで、日本人の英語能力ははるかに向上するんじゃないか。だって日本人は、全く英語を勉強していない人でも英単語は結構知ってるから、発音さえ通じればかなり自信が持てるはず。
カタカナ表記を変えただけで通じるか? と疑問に思う方は、「英語:カタカナ発音でもいいんじゃないか」とか

怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 (ブルーバックス)
池谷 裕二
講談社
売り上げランキング: 5814

を。

これまでの表記を国がコロッと変えられるか? というのは問題ではありますが、使える漢字さえ結構コロコロ変わってるので(「ら致」とかオカシイだろ)、充分可能だと思います。

そもそも、なんで英語の発音とカタカナ表記がこんなに違ってしまっているかというと、英語の綴りに引きずられてしまってるせいだと思います。日本語をローマ字表記するときのパターンで英語を読んでしまうから。
耳で聞いたら、絶対「アップル」ではなく「アポー」。「チェックイットアウト」ではなく「チェケラッ」。
いやまあ、中井貴一は mobage を「モベイジ」と読むんですけどね。
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2011/04/16(土) 20:09:23

[自己啓発書] スマートノートとストリートスマート



あなたを天才にするスマートノート
岡田 斗司夫
文藝春秋
売り上げランキング: 193


最近出たどちらの本にも「頭が良くなる方法」が書いてあります。
たしかに参考になるんだけど、結局、「毎日ちゃんと頭を使わないといけないよ」という結論になってしまう気がします。

そして、たしかに、みんな頭が良くなりたいと思ってはいると思うんですが、それよりもっと多いのは、冷静に頭で考えたらどちらが良いかわかりきっている選択を、日常生活でどうしても間違ってしまう、それを何とかしたい、ということではないでしょうか。頭を良くするまでもなく正しいとわかることを、実行できるかどうか。明らかにバカな行動をやめられるかどうか。それだけで、毎日の充実度が全然違う。わかっちゃいるけど、できない。ともぞうブログでもよく取り上げているテーマです。

でも、頭を良くすることと実行力をつけることは、実は同時に達成できるのかな、と最近思います。
要は、ちゃんと頭を使っているかどうかではないか。
無意識に実行してしまう前に、ちょっと立ち止まって、考えているかどうか。
ただし、無意識を正当化する方向に頭を使ってしまうのではなく、ちゃんと「質問」を使って、できたら頭の中だけでなく紙やパソコンを使って、普段から本当に「考えて」いるかどうか。
ちゃんと頭を使っていれば、実行できるし、頭も良くなるような気が、最近してきました。
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2011/04/05(火) 23:11:01

[教養] 受験参考書の思い出

今から考えると、大学受験の勉強って楽しかったな、と思います。
ぼくは塾や予備校には行かず、ひたすら好みの参考書をかき集めて勉強していました。
良い参考書に出会うと、うれしくてしょうがなかった。

覚えている本は

ビジュアル英文解釈 (Part1) (駿台レクチャーシリーズ)
ビジュアル英文解釈 (Part2) (駿台レクチャーシリーズ)
英文解釈その読と解 (駿台受験シリーズ)
梵我堂の〈本音で迫る小論文〉 (受験面白参考書)
『世界史講義の実況中継』
『なべつぐのあすなろ数学』

というところですが、他にもありました。

「受験勉強なんて役に立たない」。当時はそれを否定する声もあまり大きくなかったように思います。でもぼくは、勉強しながら、「そんなことはない」と思っていました。実際、『読と解』なんかを読んでみればわかります。英文を読んで感動するという貴重な経験をさせてくれ、人間としても成長させてくれた(少なくとも、そんな気にさせてくれた)のは、受験参考書でした。
『読と解』は、十数年経った今も大事に持っているので、見ながらちょっと引用します。

Strange is our situation here upon earth. Each of us comes for a short visit, not knowing why, yet sometimes seeming to find a purpose.
From the standpoint of daily life, however, there is one thing we do know: that man is here for the sake of other men-above all, for those upon whose smile and well-being our own happiness depends, and also for the countless unknown souls with whose fate we are connected by a bond of sympathy. Many times a day I realize how much my own life is built upon the labors of my fellow-men, and how earnestly I must endeavor to give in return as much as I have received. My peace of mind is often troubled by the depressing sense that I have borrowed too heavily from the work of other men.


一つ目の英文がこれでした。解説に12ページ費やしてます。その最後の方で、大事なことが明かされます。

筆者は人類に宇宙の謎を解き明かしてくれたあの物理学者アインシュタイン(Einstein)。偉大な業績に比してこの謙虚な想い、宗教的とも言うべき省察と称すべきなのだろうか? いや、ひたすら正確な人間存在の考察が、自然、この思いを生んだだけのはずだ。


苦労して理解するからこそ余計感動する、というのもあるんですが、やっぱり内容的に良いと思います。
他にも、「恥ずかしがり屋はいけないの?」「人間は弱肉強食でいいのだろうか?」「不具の身ゆえに得た宝物」「生まれつき人との競争が嫌いな私」「思考における言語の機能」「読書はネクラ?」等々、感動的な英文が解説されています。

まあ、今は売ってないんですが……。

『なべつぐのあすなろ数学』も、ユニークでおもしろい本だったんですが、残念ながら、今は手元にありません。
うろ覚えですが、こんな事が書いてありました。

「大学に絶対に合格する方法を教えてあげよう」
「そんな方法あるんですか?」
「ある。ただし、実行できれば、だが」
「教えてください」
「落花生を一袋買って帰れ。そしてそれを毎日、一粒の半分ずつ、必ず食べるんだ。1年間、1日でも欠かしてはいけない。1日でも欠かしたら、合格できない。カンタンだろ?」


そう、これが、意外とできないんです。たかが落花生を食べる程度のことが、1年間毎日続けられない。逆に、1年間毎日続けられさえすれば、何とかなる。今考えても、ああすごいこと書いてあったな、と思います。

大学に合格してからは、あまり勉強しなくなってしまいました。勉強の楽しさも、勉強が役に立つということも知っていたんだけど、しなかった。やっぱり、なんとなく、では、真剣に楽しむこともできないんだな、と思う今日この頃です。
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2011/01/08(土) 10:53:35

[マンガ] 『HER』(このマンガがすごい!2011オンナ編1位)と勝間和代

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ご多分に漏れず、「このマンガがすごい!2011」1位ということで買ったわけですが。

すごいわ。

少女マンガ、というか女性向けマンガは、ブンガク、いや芸術ですね。世界に誇るべきもののような気がする。

女性向けマンガの良くあるパターンとして、一見理不尽な行動を取り続ける主人公が、なぜそんな行動を取ってしまうのか、どういう感情を持っているのか、そういう謎を牽引力として物語が進んで、最後にその動機や感情が言語化されてすっきりして終わる、というのがあるわけですが。
たいてい、物語の外形的には何も解決していません。ただ、謎だった主人公の感情がはっきりして、たぶん、主人公は今後ちょっとだけ生きやすくなるんだろうなと読者が思わされるだけです。
でも、読者は、謎である主人公の感情を想像しながら読んでいるうちに、現実の生活では味わったことのないはずの感情を、まるで以前から知っている感情のように、存分に味わうことができて、そして最後に、ああ、こういう感情なんだなと、納得して、満足して読み終えるわけです。
その感情は、一言で言ってしまうと、恋だったり友情だったり嫉妬だったり執着だったりするわけですが、一言では足りないから作品が成り立つわけで。
この、感情の表現の豊かさは、ホントすごいなと思います。
男にも、感情はあるんだけど、それを言語化する能力を持ってない。少女マンガを読んでないから、自分の心のなかという、複雑怪奇でワケワカンナイ、でも魅力的な世界を、見る目がないんですね。

おまえどんだけ勝間和代好きやねん、と突っ込まれそうですが、勝間さんの場合、別のものを言語化する能力を持ってて、それが彼女の真骨頂なわけです。

暇人\(^o^)/速報 : 勝間和代の「桃鉄論」がガチすぎて引く - ライブドアブログ

ヤマシタトモコ先生の描く主人公が桃鉄やってると、その内心は

キライです。
性格良いっぽく見える女が。一生懸命勉強して、努力して、仕事ができるようになった女が。
だいきらいです。
そういう努力ができる人間に生まれてきただけなのに、一生懸命やってますって顔で、だから貧乏神がつかなくて、お金いっぱい儲けて当たり前って顔して。
ずるいッ。ずるいずるいずるいずるい。ずるいのよぉっ、ああいう女ッ


って感じなのに対して、勝間和代の内心は

人によって、桃鉄のPlayの仕方は違うと思いますが、私の最優先事項は「貧乏神をつけない」です。マイナス駅を踏んでもいいから、貧乏神はつけない。
運転資金に余裕を持ち、それでもマイナスを踏んだときには、潔く売却。
なぜなら、マイナス駅はリスク・リミテッド。貧乏神は∞だからです。


ぶっとびカードは、期待値とバランスして考えます。急行が7、特急が10.5、
新幹線が14だから、ぶっとびは目的地から40以上離れているときでないと、
実はあまり効果的ではないと思っています。ただ、貧乏神回避にはたまに必要。


って感じですからね。

結婚について

そういう意味で結婚がいいのは、特定の相手といつでもHができるからです。しかもホテルを使うよりお金がかかりません。最近、1平方メートルあたり1000円というホテルの法則を見つけたのですが、50平方メートルのスイートは1泊5万円、結婚して50平方メートルの家に住めば家賃12万円で、2晩半で元が取れてしまう計算です。相手の確保と経済面を考えても、やっぱり「誰かとホテルに行くより結婚」をお勧めしたいです。

(『結局、女はキレイが勝ち。』)



という名言を残している勝間さんの心のなかを、ぜひヤマシタトモコ先生に描いてもらいたいなあと思う今日この頃です。

念のため、私はマジで勝間さんを尊敬してますが、あまりにもキャラが面白いのでネタにしてるだけです、誤解なきよう。

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2011/01/07(金) 22:53:22

[マンガ] このSを見よ!



主人公の男の尻にはアザがあって、複雑な模様をしている。
そのアザ(スティグマ)を見た女性は欲情して主人公とやりたくなってしょうがなくなる、という設定。
この設定以外は極端に非現実的なことはなく、エロをウリにしつつ、ちょっとシリアスなラブコメ的展開を見せます。
この作者のいつものパターンで、好きな人は好きなはず。ええ、私も好きですw

主人公は、人に愛されたい、愛されていることを確認したいのですが、スティグマがあるが故に、自分は本当に愛されているのではなく、相手がスティグマの呪いにかかっているだけなんじゃないかと悩みます。

しかし、めちゃめちゃエロい身体をした女性ってのは、スティグマを持っているようなもので。
最近の女の子だと、もう小学生くらいで自分の女という武器に気づいてしまってるんじゃなかろうかと思ったり。

しかししかし、そもそも、「スティグマの呪いで自分を好きになられても意味がない」という主人公のヘンなこだわりが、最近の女の子にはなさそうなので、心配するには及ばないかな、と思ったり。

しかししかししかし、スティグマを含めて、むしろスティグマこそが自分、という感じ方になってしまうと、女性はいずれ歳を取ってしまってスティグマの効き目が薄くなってしまうので、その恐怖があるのだろうなあ、等と思ったり。

女性には優しくしよう。
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2011/01/05(水) 00:17:40

[マンガ] 『弁護士のくず』はブラックジャック

離婚を望んでいる夫に、離婚したくない妻の代理人である弁護士が質問します。
弁護士「あんた男のくせしてコマゴマと口ウルサイんだって? 夕飯の時間にウルサイの? 帰ってきた時に夕飯ができてないとあんた怒るんですか?」
夫「いや……怒るのは妻の方です……妻はいつも勝手に食べ始めているから、オレは電話でその時間を聞いて間に合うように家に帰るんだけど……たまにおかずを買ってくるように言われて……遅れると怒るんです、妻が……」
弁護士「遅れると怒るのは、あんたの分をまた温め直したりしてめんどくさいからじゃないの?」
夫「……いや別にめんどくさくないと思うけど……遅れたら片づけちゃって、オレのメシはナシだから……」
妻「……」
夫「あ、でも……自分のは自分で作るから別にいいんだけど……」
弁護士「では洗濯モノをたたまないということですけど。あなたは奥さんに洗濯モノをたためと文句を言うんですか?」
夫「いや……洗濯モノを投げつけながら妻が文句を言うんです……『ホラーッ! 自分でたたんでよ! もーっ! 何であたしにやらせるのよっ!』って……」
妻「……」
弁護士「あなたは『フトンを干せ』とうるさく注文するそうですが……」
夫「昼、オレが家にいるなら自分で干すけど……一年に一度くらいオレのフトンも干してほしいんですよね……」
妻「しょうがないでしょ! ベランダが狭いのよっ! あたしと麻林の分でいっぱいなのよ! あんた、自分のフトンのことしか考えないの!?」
夫「だから……一年に一回くらいおまえのをどけてオレのフトンも干してくれよ」
妻「フトンフトンってそんなにフトンが大事なの!? いいじゃない、そのくらい! 小さい人間ねーっ! そんなにフトンが好きならフトンと結婚したら!?」
弁護士「あなたは妻が韓国旅行に行くことに反対したそうですね?」
夫「いや……まあいいんだけど……週に4日テニスとカラオケと麻雀とフラメンコに通っていて……たまには遊びに行きたいとか言われると……」
妻「だって山口さんも村松さんも近所の奥さんみんな行ってるよ! 何であたしだけ行っちゃいけないのよ!」
夫「いや、だって、おまえいつも安月給だからうちはビンボーだって……」
妻「だって実際安月給じゃん! 丸山さんなんか四井商事でいくらもらってると思ってんの! あんた、高卒だからあんな会社しか入れないのよっ!」
夫「安月給なのはすまないけど……それならおまえもパートに出るとか……」
妻「え、何!? それじゃあたしが全然働いてないっていうのっ!? ひどい! あんた考え方古いのよっ! 主婦はタイヘンなのよっ!」
夫「いや……別にオレは……」
妻「もういいっ! あたしゃ怒った! もう家事はやらないっ! あなたがやって下さいっ! 家事なんか簡単なんでしょ! あんたやってね!」
夫「オ、オレは会社で働いてんだから……」
妻「そんなの当たり前じゃない! 男が家族のために働くの当然でしょ! なにいばってんの!」
夫「じゃオレは外で働いて家事もするって……お、おまえおかしい……」
妻「あんた女を殴るなんてサイテーッ!」
夫「……急にな、何言ってんだよ? 今はそんなこと……」
妻「あんた女を殴って悪いと思ってないの!? あたしはすごく傷ついたんだよ! 身体も心もすごい傷ついたんだよ!」
夫「だ、だから何度もそのことは謝って……」
妻「謝れば済むの!? みんなあんたのことひどいって言ってるよ!! 近所の奥さんだってみんな『大変ね』って同情してるよ! 『よくガマンしてるね』って言ってるよ! みんな! 裁判所の人だって弁護士さんだってみんな言ってたでしょ! あんたが悪いって! 男のくせに何小さいことグチャグチャ言ってんのよ! あんたがガマンすればいいのよ!!」

続きはマンガ『弁護士のくず』で読んでいただくとして。
この妻のムチャクチャさ。ムチャクチャなんだけど、よくあるムチャクチャなんですよね。リアリティありまくり。よくこんな描写ができるな、と。
そして上のシーンの前までの展開では、弁護士が、妻の言うことを鵜呑みにして、夫のことを「細かいことに口うるさく、暴力をふるうとんでもない男」だと思っています。それがみごとにひっくり返る。実際、弁護士なら、ケンカしてる片方から聞いた話が現実とはほど遠かった、というのは良くあることだと想像します。世の中こんな感じなんだろうな、と思います。リアリティと、どんでん返しのストーリーが、見事に両立されているのです。

『弁護士のくず』は、1話から数話で完結するタイプの連載です。『スラムダンク』みたいな描写もマンガの魅力だけど、手塚治虫の『ブラックジャック』やこの『弁護士のくず』みたいに、短編型で、きっちり解決するスジを楽しむのがぼくは好きです。
ブラックジャックは異端の医師だけど、くずは異端の弁護士です。どちらも凄腕で、一見悪人のようで、実はすごく魅力的な人物、というのも共通しています。
くずは、一見、エロおやじで、自分のことしか考えないふざけた人物です。第一話で、セクハラの相談に来た女性に「チチもまれてキモチよかったのか? もまれてキモチよければセクハラにならないんだぞ。ちくしょー、オレにも もませろ」と言い放ちます。正直で、ある意味正しいんだけど、普通は言えないことを、くずはズバズバ言ってくれるのです。しかもただ斜に構えてるだけじゃなくて、どんな立場に立っても論理的に話ができる弁護士の高い能力を活かして、上司にはおべっかを使いまくり、陰では悪口を言いまくる。両方が、すごく論理的でレベルが高いので、余計おもしろいのです。
その一方、大人は嘘つきだ、タテマエばかりで本音は薄汚い、という少女に対して、こういう素晴らしいことも言います。

「ホンネなんてコショウみたいなもんだ。ヤセガマンのタテマエがあってこそ意味があるんだ。コショウを山盛りにされて食えって言われたらたまらんだろ? おまえはさんざん高いステーキを食わしてもらったんだ。コショウが足りないとか文句言うんじゃねえっ! 便所でウンコしてる姿がそいつの本質かよっ!?」

実に魅力的です。

それから、今話題の(?)司法の現状や問題点も、具体的に、リアルに描かれていて興味深いです。
10巻まで出ていましたが、今日【第二審】の1巻が出ていたので、買ってきました。
マンガに対して、絵じゃなくて、ストーリーとリアリティを求めている人に、超おすすめです。





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2010/12/06(月) 23:02:48

[自己啓発書] 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法2

《しかし結局、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』って、何やったんやろうな》
「そうそう、それなんだよ。今話してた女の子、って歳でもないけど、女性だって、じゃあどうすりゃいいんだい、って話なんだよ。それが書いてある本だと思うじゃない」
《ま、そうカンタンなたったひとつの方法があったら、みんなやってるわな》
「前半でさんざん、残酷な世界を強調しておいて、生き延びるたったひとつの方法については――」
《伽藍を捨ててバザールに向かえ。
恐竜の尻尾のなかに頭を探せ》
「意味が分からない。しかも、この2行に要約できると言っておきながら、この2行についての説明は最後の方にちらっとあるだけ。どうでもいい答えをもったいぶってCMに突入する最近のテレビ番組みたいだぞ」
《まあ、アンタの好きなミステリも同じパターンやけどな》
「しかし、オチがあまりにも残念だ。『やればできる』は間違いだ、とさんざん勝間を攻撃しておきながら、結局、『伽藍を捨ててバザールに向かえ』ってことは、『会社に人生を預けるな』ってことだろう?」
《やな。しかも、勝間の『会社に……』は、単純に『会社なんか辞めちまえ』という話じゃなくて、会社を辞めてもやっていける能力と精神的余裕を身につければ、会社のなかでも一段階上の視点から判断・行動できるって話だからな。その上、会社に残ることは、1つの判断をすでに下してて、リスクを取ってしまってるんだよ、という『リスク・リテラシー』の考え方を紹介して、汎用的な内容になっている》
「それに対して『残酷な』は、日本の会社にいたら不幸になるぞ、程度の話だからな」
《じゃあどうすんねん、と。恐竜の尻尾のなかに頭を探すって、具体的にどうやるねん、と》
「それから、遺伝と子供の時の環境で適性が決まるって話はいいけど、だからって、『やってもできない』って言ってどうするんだよ、と」
《いや、それは単に、この本を読んでもらうための釣りだろ》
「そうだな。勝間は、自分の強みを活かせとさんざん言っていて、苦手なこともやればできるようになる、なんてことは一切言ってない。むしろ、ストレングスファインダーをやれとか、自分史を書いてこれまで少しでも成功したことを探せとか言ってる。ある意味、『やってもできないという事実を受け入れ、それでも幸福を手に入れる』方法を語っているわけだ」
《お、だんだんカツマーの本性が現れてきたな》
「まあ私は勝間の言うことを実践してるわけではなく、単に勝間の言う内容を楽しんでいるだけだがな。勝間の『やればできる』という本のタイトルは、すごく良いタイトルだと思うけど、勝間は『やればできるからやれ』と言ってるわけじゃない。読者が勝手に『やればできる』と思うだけなんだよ。人はなぜ勝間本を読むのかで言ったとおり」
《ふうん。よくわからんがな》
「それと、重要なことが『残酷な』には抜けていると思う」
《ふん》
「人間誰でも得手不得手がある。苦手なことで勝負してもムダ。それは『残酷な』に書いてあるとおり。でも、今の時代、どんな生き方をするにしても、最低限知っておかないと確実に不幸になること、ってあるよな」
《なるほど》
「それを勉強することを放棄しちゃいかんと思う。宝くじは年収の低い人のほうがたくさん買ってて、胴元は絶対に儲かる。だから国が富くじの販売を独占してるはずなのに、ギャラの高い芸能人使ったCMをバンバン流して射幸心を煽ってる。西成のヤクザとどう違う? 『カイジ』シリーズは学校で教科書に使うべきだと思ってて、カイジが地下で働いたカネを搾取されるシステムって、現実そのものなんだよね。バカだとカネをむしり取られる世の中で、でも、だからこそ、ちょっと勉強するだけで不幸にならずに済む。だから自己啓発しなきゃいけないんだよ」
《まあ、自己啓発の必要性を認めてない人は『残酷な』も買わないだろうけどな》
「ただ、『残酷な』で勝間は『自己啓発の女王』として批判されてるけど、すくなくとも、テレビで保険や住宅ローンについて本当の話が多少なりとも出るようになったのは、彼女の『お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)』の功績があるだろう」
《ってことをこの前アンタはtwitterでつぶやいてたな》
「そう。そしたら、勝間さん本人からRTされて。私は勝間さんにフォローされてないから、彼女、検索して私の発言を発見したわけだ」
《何というマメさ》
「恐るべし。そして、ということは、だ。これまで私が彼女について発言してきたさまざまなdisも、すべて読まれた可能性があるわけだ」
《でも、見事にスルーしてくれている、と》
「恐るべし。やっぱすごいね、勝間さん」
《本人から直接話しかけられると、悪口を言いにくくなるしな》
「それも計算かも……」
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2010/12/04(土) 00:01:06

[自己啓発書] 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法1

 とうとう、飼っている犬と話をするのが日常になってしまった。
 その犬は、ミニチュアダックスフント。名前は小次郎という。
 音として言葉を発しているわけではないらしい。頭の中に言葉が直接響いてくるような感じだ。私の脳内だけの妄想とも言える。
 しかし、妄想であれば私の考えていることがダイレクトに小次郎に伝わっても良さそうなものだが、声に出して話しかけないと小次郎は反応しない。めんどくさい話だ。
「おい、小次郎」
《何や、酔っ払い》
 珍しくすぐに反応した。しかし、顔を向けもしない。ソファで寝転んだまま、目だけこちらを見る。言葉といい態度といい、飼い主に対するものではない。
「話を聞いてもらえるのって、気持ち良いな」
《何や、気持ち悪い》
「お前のことじゃないぞ。お前は俺の話をちゃんと聞かないだろうが」
《ふん。アンタもわしにちゃんとしゃべらへんやんけ。犬やと思ってナメてんのか知らんけど》
「いや、女の子がいちいちうなずきながら『面白い』って言って聞いてくれる方が、そりゃちゃんとしゃべる気になるよ」
《珍しい女もいるもんやな》
「いや、そうなんだよ」
《惚れたか?》
「彼氏がいるらしい。というか結婚するかも知れん、と」
《それでも話を聞いてもらえてうれしいか?》
「そうなんだよ」
《何の話してん?》
「宝くじで儲けてるヤツらは西成の日雇い労働者相手に博打の胴元してるヤクザと同じだとか、職場の飲み会はいかに酔っ払って他人に迷惑かけるかの勝負だとか」
《もうちょっとマシな話ないんかい。女子と話すのに》
「いや、そうなんだけど、今日の飲み会はたまたま気の合う相手がいなくて。女の子も話し相手がいなかったみたいなんだ。というかその子、ちょっとみんなに嫌われ気味でさ」
《なんで?》
「うーん、男職場でそれなりに出世してきた子だから、ちょっと無理してきた歪みが出てるのかな。言葉の端々に」
《ふむ》
「自分には能力がある。男に負けてないんだ、的なことを言わずにいられない、みたいな」
《なるほど》
「でも会社って、『残酷な世界』なんだよ。日本の企業は簡単には従業員を解雇できないかわりに、人事に文句は言わせない」
《転勤とか子会社への出向とか》
「そう。で、その人事は社員の社内での『評判』で決まる」
《オープンな『世間』ではネガティブな評価はリセットできるけど、クローズドな社内ではネガティブな評価ばかりがいつまでも消えずについて回る。橘玲の『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』やな》
「うん。そのネガティブな評価を面と向かって言われることはあまりない。でも、感じるわけだよ。自然、それをはねのけたいという気分が言動に出てしまって、悪循環。だけど、だ」
《ほう》
「彼女は結婚して仕事をやめることができる」
《なるほど》
「でも、俺としては、仕事やめてほしくないんだ。うちの職場には、女性もいた方が絶対に良いんだ。男社会の中でせっかくそれなりに出世したわけだし、もったいない人材なんだよ」
《そんな子、アンタの職場におったか?》
「いや、今日は研修の打ち上げの飲み会だったんだけど、研修が終わったら、勤務地が違うから、もう二度と会わない可能性が高い。で、最後にこう言っておいたんだ。もし仕事やめる時は電話してこいって」
《うむ》
「そしたら何でかわかんないけど、素直にうなずかないで、『いや、もし仕事続けることになったら電話する』って言い張るんだ」
《……》
「なんで最後のあれだけ素直に納得しなかったのわかんないけど、俺は「いやいや、もし仕事やめるならその時電話してこいって言ってやったよ」
《……アンタそれ、向こうの気持ち分からんか?》
「え?」
《それ、アンタのことを男として意識してるという意味やろ》
「は?」
《その子は、結婚するつもりでいたけども、何らかの理由で迷っている。結婚せずに仕事を続けるなら、アンタと仲良くしたい、ってことやろうが》
「そういうことなのか? そう言えば、彼女、30歳過ぎてるのに何で結婚しないの? みたいなことを他の男に言われて困ってたけど、何か事情があるんかな……。あれ? 待てよ。というか、今つきあってる男がアカンかったらアンタとつきあったるわ的な意味なのか?」
《ま、そういうことやな》
「それもビミョーだな。うれしいようなうれしくないような……」

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2010/11/21(日) 23:03:57

[教養] もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら

もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら
架神 恭介
イカロス出版
売り上げランキング: 3496






パクリすぎw
上の画像では出てませんが、オビも完全にパクリです。

パンクロッカーと歴史上の名僧たちが殴り合いながら悟りの境地を目指す青春物語!
真言宗大僧都 蝉丸P推薦


新人マネージャーと野球部の仲間たちがドラッカーを読んで甲子園を目指す青春小説!
ドラッカー学会代表 上田惇生氏推薦


しかも、『もしドラ』はマネージャーが『マネジメント』だからまだマシでしたが、パンクロッカーと仏教とは、まったく関係ありません。
その上、なかみを読めば分かるんですが、まったく青春物語じゃありません

しかし、それでも私としては、わりとおすすめです。

釈尊の在命時にもこのような問題はありました。たとえば、仏教では出家者はセックスは禁止ですが、やっぱりセックスしたかったのです。ある者は死体の首を拾って、その口の中にちんこを突っ込みましたし、またある者は自分のアナルに己の長いちんこを突っ込んで、「フウー、気持ちいい! でも、セックスしてないからセーフだよね!」とか言っていました。


なんてことが書いてあります。
要は仏教の入門・解説書(残念ながら青春物語の要素はありません)なんですが、正確さを潔く犠牲にして(これはすごく勇気の要ることだと思いますが)、退屈させないように、読みやすく、比喩を駆使して、「テキトーに」説明しています。

仏教の科学的現実認識法を身につけて精神的安定をはかり、生産性を高めよう等という浅ましい勝間和代的実利追求主義は全くなく、「やればできる! がんばらなくちゃ!」とはちっとも思わない作品に仕上がっています。

仏教ってけっこうおもしろいから、知ったかぶりして楽しもうよ! という執筆態度が私は好きです。
そして「全体ドカーン」等、かなり秀逸な表現が、さりげなく「適当に」ちりばめられていて、なかなか素敵です。

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2010/10/25(月) 19:16:35

[政治・経済] ヤバい経済学

ヤバい経済学 [増補改訂版]』の内容のごく一部だけを紹介します。ぜひ読んでほしい本ですが、文庫化しないかな……。

大相撲に八百長は存在するか?


この問題を解くのに筆者が使ったものは、1989年1月から2000年1月までの上位力士によるほとんどすべての取組結果のデータ(281力士による32000番の勝敗)と、インセンティブの考え方。

大相撲を少し知っている人なら、8勝7敗と7勝8敗の大きな違いもわかるはず。
7勝7敗で千秋楽を迎えたら、どうしても勝ちたい。
10勝以上してる場合は、そもそも調子が良いだろうし、優勝や敢闘賞等がかかってるから、勝ちたい。
だから、千秋楽で7勝7敗の力士と8勝6敗の力士が対戦したらどうなるか、を調べてみる。
すると、7勝7敗の力士の勝率は、79.6%。
この対戦の、過去の成績から計算した、7勝7敗の力士が勝つ確率は、48.7%。
ちなみに、相手が9勝5敗だと、実際の勝率は73.4%で、計算上の確率は47.2%らしい。

まあ、7勝7敗の力士と8勝6敗の力士とでは、モチベーションが違う。
ただ、あまりにも勝率高いよね。
「無気力相撲」とは、うまいこと言ったもんだ(これは ともぞうの感想で、『ヤバい経済学』には書いてません。ついでにいうと、いつも8勝7敗でずっと大関だった力士がいた気がする)。

八百長といっても、優勝が決まる試合で八百長をするとか、本当は弱い力士がカネやなんかの力でぶっちぎりの成績をおさめてるとか、そんな類の八百長じゃない。
そんな八百長は、バレる危険性が大きいし、わざと負ける力士のインセンティブが小さい。
どうしても勝ち越したい力士と、もう勝ち越しの決まった力士との間に、八百長をするインセンティブが存在する。
この着眼点が、「ヤバい経済学」だ。

蛇足だけれど、証拠品を改竄するインチキをした検事にも、きっと大きなインセンティブがあったに違いない。
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2010/10/17(日) 22:23:52

[政治・経済] 日本の大問題が面白いほど解ける本

日本の大問題が面白いほど解ける本 シンプル・ロジカルに考える (光文社新書)』に書いてあることの一部を、まとめてみます。

その前に。
小飼弾が、404 Blog Not Found:二つのギャップ - 書評 - 日本の大問題が面白いほど解ける本というエントリで、この本に書いてある問題をどうやって解決するか? ということについて述べています。
私としては、ブログに書いて自分が理解して、他の人に話すことが、まずできることなのかな、という感じがします。
ですので、カンタンにですが、自分の理解のために、まとめてみます。

1 法人税減税は大企業優遇?


 法人税は二重課税。しかたなく課税しているにすぎない。
 法人が稼いだお金は、従業員の給与と株主への配当と内部留保になる。これらは、個人の所得や資産として課税されるので、法人税はそもそも二重課税である。ただ、資産や所得を国が捕捉しきれないから、逃げられないために法人にも課税しているだけの話。
 個人の所得や資産をちゃんと把握できるなら、法人税はゼロでも良い(海外の企業が日本に来て日本人個人に所得や資産をもたらしてくれれば税収は増える)。

2 税と社会保障の統合


 社会保障とは、そもそも所得の再分配である。
 所得税には、累進税率や控除により、所得を再分配する意味がある。
 所得税と社会保障は統合してしまうべき。
 各個人ごとに国→国民(社会保障)と国民→国(税金)の額がそれぞれいくらかが明確にわかる口座をつくれば、脱税や生活保護の不正受給等を防止するコストが下がる(総背番号制の導入が前提)。
 税金の控除だけ、社会保障の給付だけでは、勤労者の労働意欲と動機が損なわれがちであるが、両方を統合すれば、労働すればするほど収入が増える状態を維持しながら低所得者への保障ができる(給付付き税額控除)。

3 消費税を社会保障目的にするべき?


 今の日本の消費税には、所得の再分配の意味はない(逆進性)。
 景気に左右されにくい安定税源となる消費税は、地方の財源に回すべき。
 年金や保険はできるだけ大規模に集めて運用した方が良いので、国でやるべき。
 よって、「所得税-国-社会保障」「消費税-地方-必須の住民サービス」の方が良い。


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2010/10/16(土) 23:05:25

[歴史] 逆説の日本史13 近世展開編

逆説の日本史13 近世展開編 江戸時代鎖国の謎 (小学館文庫)』の一番インパクトのある部分をごくカンタンにまとめます。

徳川綱吉は名君である。

綱吉は「犬公方」とか言われて、バカ殿の代表みたいに思われている。
「生類憐れみの令」という、人間よりも他の生き物を異常に大事にする悪法を作って、蚊を殺しただけの者を島流しにした。江戸では、道に打ち水するとボウフラがわいて、ボウフラを殺さないようにするのは難しいから、打ち水もできなくなった。等々。

でも、待ってくださいよ。
そんなの、綱吉を嫌ってた人間が大げさに言ってるだけに決まってるでしょ。
蚊を殺しただけの者をいちいち島流しになんかできるわけないでしょ、と。

綱吉の時代は、戦国時代が終わって、平和になった時代。
でもまだ武士は「切り捨て御免」とか言って、たいした理由もなく人を殺していた。
そんな世の中だったのが、綱吉の時代が終わる頃には、意味なく人を斬るようなことが激減した。

慈悲の心を持てという「生類憐れみの令」に対して、戦国時代の考え方を引き継いでいる武士が、自分の特権を取り上げられてる感もあって反発し、綱吉を嫌い、大げさに「蚊を殺しただけで……」なんて言いふらしていた。そんな構図なんじゃないの? ということです。

そうだとすると、法律を作ることで人の意識を変え、殺されたかも知れない人の命を救い、平和を作った綱吉は、今の価値観・倫理観からしても素晴らしい名君ということになりますね。

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2010/10/11(月) 15:21:50

[歴史] 銃・病原菌・鉄

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎』の内容をめちゃめちゃカンタンにまとめたいと思います。
間違ってたらツッコミお願いします。

人類はアフリカで生まれて、他の動物と共に進化した。
他の動物に勝てるようになってからユーラシア大陸に行ったので、動物を飼い慣らすことができた。
人口が増えて、動物の伝染病に感染し、免疫力をゲットした。
アメリカまで行った人類は、強くなりすぎてたので、他の動物を滅ぼしながら南米まで進んでしまった。
家畜がおらず、免疫がなく、ヨーロッパ人の侵略に負けてしまった。
アフリカでは他の動物も人類と一緒に強くなっていってて、家畜にできない強い動物しか残らなかった。

ぼく的にはこんな感じですかね。
詳しくは、Google Earth のような人類史「銃・病原菌・鉄」: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるを読んでください。もちろん、本を買って読むのが一番です。
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2010/09/05(日) 17:28:04

[自己啓発書] 不幸になる生き方 ~ 人はなぜ勝間本を読むのか

 昔別れた女が私の一人暮らしの部屋に置いていったミニチュアダックスフント、小次郎。
 この「化け犬」が、人間の言葉をしゃべって私に説教とオヤツの要求をした、その後。
 私の方から、飼い犬である小次郎に対して、頭をなでたり、要求を呑んでオヤツを与えたり、猫なで声で話しかけたり、大声で怒鳴ったりしてやった。
 しかし小次郎が私に対して不思議な「声」で話しかけてくることは、その後は一向になかった。
 あれは、職場の人間関係のストレスが引き起こした幻聴だったのだろうか。
 それともこの「化け犬」、何か考えがあって、あるいは単なる気まぐれで、あえて私と話をしないようにしているのだろうか。
「こら、小次郎」
 いつものソファの上で顔を縁に乗せて気持ちよさそうに眠っている化け犬に対し、私は話しかけた。
 小次郎はいつものように、目を半分だけ開けて、顔は動かさずにこちらを見る。
「何とか言え、この化け犬」
 小次郎はソファの上で立ち上がり、ソファから飛び降りて、私を上目遣いで見た。
《うるさいオッサンやな、何や》
 頭の中に直接響いてくるような「声」。ちなみに、完全に「オッサン」の声である。その声に「オッサン」と言われるのも腹が立つ。
《ヒマなんかいな。わしに話しかけてるヒマがあったら、本でも読んどきゃええやないか》
「本を読むのもな、20分に一回くらい、すこしだけ休憩を入れた方が効率が良い」
《まああんまり、生産的な読書でもないみたいやけどな》
 先ほど私がベッドの上に置いた勝間和代の『不幸になる生き方』を横目で見ながら、小次郎は「言った」。
「何もやる気がないから、とりあえず勝間本を読んでいるんだ」
《やる気がなかったら、勝間和代の本を読む?》
 やる気がないというか、難しい本を読むには気合いが足りない。腹は減ってない。性欲は高まってこない。何かを考えるのは面倒くさい。とりあえず勝間本でも読むか、という感じなのだ。
「うーん、説明が難しいな。あんまり気合い入れなくても読み始められるんだよ。だいたい、知らないことばっかり書いてる本なんて、まず読めないだろ?」
《そらそうや》
「勝間和代の本って、知らないことは書いてないんだよ」
《そんなん読む必要ないやん》
「違う違う。普段何となく自分で思ってることが、はっきりしたわかりやすい文章で、出版されてそこそこ売れてる本に、書いてある。ああ、俺が思ってたことは正しかったんだ、と。勝間先生も言ってるよ、と」
《ふむ》
「人間、自分が信じたいものだけを認知するんだよ」
《バカだな、人間》
「まあ、バカだ。そして、その、信じたい内容というのは、ごくごく単純。勝間本のタイトル通り。『やればできる』」
《なるほど》
「本当は、何かやりたいと思ってるんだ。まあ言ってみれば、“やる気を出す気”はあるんだ。そんな状態で、『やればできる』というメッセージを受け取ったら、“できるならやろう”と思うだろ? だから、やる気が出るんだよ。背中を押して欲しいから、読むんだ」
《何かややこしいが、まあ言わんとすることはわからんでもない》
「しかしな、しょせん、“できるんだったらやろう”と言うレベルのやる気しか出ない。自分の内側からわき上がってきたやる気じゃないから、ちょっと壁に当たると、すぐやる気をなくす」
《アカンやん》
「しかし、一時的にでも“自分にもできるかも知れない”という夢を見せてくれる勝間先生は偉大だよ」
《“再現性のある方法”とか、“技術”とかいう言葉を使って、“世の中、理屈で解決できるんだ”って姿勢を徹底して見せてるみたいやな》
「その通り。でもな……しょせん、他人がうまくいった方法なんだよ。自分なりにアレンジしなきゃ、うまくいくはずがない。やってみて、失敗したら原因を分析して、もう一度やらないといけないのに、一度失敗すると“できないかも知れない”と思うから、もうやる気が出ないんだ」
 小次郎は雨に濡れたときにやるように、両足を広げて踏ん張り、身体をブルブルと震わせた。別に濡れてはいないので、水は飛び散らない。「あほらしい」と思ったのかも知れない。
「考えることさえも面倒くさくて、とにかく書いてあることを読むだけなんだ。何も考えずにその通り実行するだけで結果が出る、結果が出ると思わせてくれる方法論を求めて、新しいものが出るたびにそれに飛びつくんだ」
《ダイエット法、ライフハック、仕事術……》
「そう。大事なのは方法論じゃない。試行錯誤だ。しかし、他人の方法論、成功体験は、その通り『やればできる』と思わせてくれる。中毒になっても仕方がないよ」
《お前さんは中毒になってないと主張するわけやな》
「当たり前だ。私は単に、面白いから本を読んでるだけだ。たしかにダイエット本も大量に読んだが、一切実行に移していない。そんな気がない。勝間が本の中で紹介しているノートパソコンや自転車やその他買うだけで成功できる気にさせてくれるグッズも買ってない。ムダな時間もカネも使っていないんだから、私はだまされてはおらんのだ」
《まあ別に、勝間がだましてるとも、世間の人がだまされてるとも思わんが……。お前さん、前につきあっていた女性が、勝間和代に本気で嫉妬してたな》
「女性の気持ちは私には全くわからん。

自分をデフレ化しない方法 (文春新書)チェンジメーカー断る力 (文春新書)

3つ並べると、ほとんどギャグだぞ、これ。これに女性として嫉妬するなんて……」
《普段覇気のないお前さんが、元気を出してしゃべったときに、話題が勝間やったんやろ》
「たしかに、やる気のない状態から読めて、ちょっとだけやる気が出るからな……『不幸になる生き方 (集英社新書)』も、反論に対して遠慮しながらも、“技術だ”“方法を知ることだ”と力強く訴えてる。最近ちょっと無理矢理な感のあったフレームワークも、この本については、プロローグと目次を見ただけで一目瞭然、良くできてる」
《アフィリエイト付きのリンクをして、褒めたな……お前さんも勝間みたいに、金持ちになれたらええね……》


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2010/09/05(日) 17:20:50

[自己啓発書] 単純な脳、複雑な「私」

 勝間和代の『効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法』を、小飼弾は「浪費しない、投資を惜しまない」と要約した。
 断言しよう。私は社会人になってからの10年間というもの、「投資しない、浪費を惜しまない」生活を送ってきた。
 私は、勝間和代のほぼすべての著作、『夢を叶えるゾウ』、スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』、フィリップ・マグロー『史上最強の人生戦略マニュアル』、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」、『金持ち父さん貧乏父さん』、その他数々の自己啓発書を読んできた。
 しかし、それを自分の人生において実践したことなど一度もない。
 はっきり言っておく。おまえらは、他人が書いた、世間で流行っている本を読まなければ、自分の人生さえ送れないのかと。
 私は自分で自分の人生を送る。
 自己啓発書を読むのは、それが戯れ言として面白いからである。私は面白がるために本を読んでいるのであって、実用に役立てようなどという低俗な発想は私にはない。
 したがって、今現在も私は、酒を飲みながらPCに向かい、ブラウザを立ち上げ、検索窓に「dmm」と入力している。
 私は勝間和代と違い、何でもかんでも効率効率と貧乏くさく時間を使うのは大嫌いなので、ブックマークをしてツールバーにリンクを表示させたりするようなことはしない。検索窓に「dmm」と入力する程度の手間は惜しまないのである。もし仮に、私の部屋に女性が来なくなってかなりの歳月が過ぎており、私の PCを女性が使うことなどなくなっていたとしても、この習慣を変えることはない。
 やがて気持ちが高まってきたので、私は椅子から立ち上がり、ティッシュペーパーを取りに部屋の中を移動した。そして少しだけ気持ちを落ち着け、再度モニターの中に神経を集中した。ますます気持ちが高まってくる。その時。
《くぉるぁ!》
 ドスのきいた声で一喝された。
 もちろん、他人のいるところで日本の誇るdmmの優秀なコンテンツを鑑賞しながら気持ちを高める趣味は私にはないので、この部屋には私しかいない。
《オナニーばっかりしやがって。たまには読んだ本に書いてあること実行せえ、バカ》
 どこから声が聞こえてくるのだろう。いや、声じゃないような気がする。ものすごくリアルに、過去の経験を思い出しているときのような。脳に直接、「人がしゃべっている」という情報がインプットされてるような。夢の中で音を聞いているときのような。
《ほんっまに、人間のくせに。本読めるくせに。欲に動かされてるだけやんけ。情けないのう》
 正確に言えば、この部屋には、私の他に、小次郎という名前の犬がいる。昔別れた女が置いていった、ミニチュアダックスフントだ。マンションの室内で飼っているが、吠えたりすることはなく、他の部屋の住民に迷惑はかけていない。散歩に連れて行くと、犬好きはみんなこの犬のことをじっと見る。「かわいい」と言われる確率も相当高い。おとなしくてかわいらしい風を装っているが、実は気にくわないことがあると部屋中に小便を撒き散らして飼い主に抗議する。私がそれを最も嫌がるのを知っているのだ。実に恐ろしく、性格の悪い犬である。
 私は小次郎を見た。小次郎はいつもの上目遣いで私を見ている。
 声が聞こえる。
《人間のくせに、食って寝てオナニーしてるだけか、お前は。犬のオレでさえ、去勢され、食事を制限されることに耐え、身体を鍛え、日々思索にふけっているというのに》
「――お前か?」
 私は問うた。犬の小次郎に。
 小次郎は、私に話しかけれらた時にいつもそうするように、定位置のソファから飛び降り、私の足元にやってきて、私を上目遣いで見ながら、しっぽを振った。
「腹減ったんか?」
 小次郎はますますしっぽを強く振る。
 私の高まった気持ちは、すっかり萎えてしまった。小次郎専用の皿を洗い、ドッグフードを入れる。いつもの場所に皿を置き、「待て」と言ってしばらく動きを止めさせてから「よし」と言って食べるのを許可する。
 小次郎はガツガツと音を立てながらドッグフードを食う。一気に食い終わると、今度は水を、ピチャピチャと盛大に音を立てながら飲む。飲み終わると定位置のソファに飛び乗り、長い胴体をくるりと巻く用にして、ソファの縁に自分の顔を乗せ、目をゆっくりと閉じる。「食った食った。満腹だ」という心の声が聞こえてきそうである。
 小次郎が食事をしている間、先ほど聞こえた、頭の中に直接響いてくるような「声」は聞こえなくなっていた。
 小次郎なのか?
 いつも、こちらの考えを見透かしているかのような表情をする犬ではあった。話しかけたことの意味がわかっているようでもあった。いつかしゃべり始めるのではないかと、半分本気で考えたこともある。
 しかし、なぜオレを罵倒する。
 しかも、偉そうなことを言っておきながら、自分はメシを食って眠れさえすればそれでよいのだろうか。
 ふざけた犬だ。
「おい」
 ソファに寝そべったまま、顔を上がることすらもせず、目だけを半分開けて私の方を見る。
「小次郎!」
 あくびをしやがった。
「お前、明日はオヤツ抜きだ」
 小次郎は起き上がり、ソファから飛び降りた。床に座り込んで、私を見上げた。抗議のポーズだ。
「お前、飼い主に対して、なんであんなこと言うんだ。しかもあんなタイミングで」
《うるさいオッサンやなあ》
 声が、聞こえた。
 小次郎は、相変わらず上目遣いで私を見ている。
《実際その通りやろうが。人間のくせに、欲を何一つコントロールできん。飼われてるワシが情けないわ》
 なんと言うことだ。小次郎がしゃべってる!
《わしゃ、お前さんに飼われとる犬や。自分では、食欲や性欲はコントロールできん。しかし、コントロールした方が良いのはわかっとる。散歩の時に見かける、まともに歩けないほど太ってしまった他の犬のことを考えれば、お前さんがワシの食事をコントロールしてくれてるおかげで、毎度の食事が、例え栄養のことだけしか考えられてない安物のペットフードであろうとも、美味しく感じられる。健康で、ボールを追っかけて走り、身体を動かす楽しみを味わうことができておる。いい加減、もっと良い音が鳴って噛み応えのある新しいボールが欲しいがな》
 小次郎は「しゃべって」いる間、ずっと私の方を見たまま、動かなかった。
《食べるとか、寝るとか、そんな欲求でさえ、コントロールした方が、より食べることや寝ることそのものを楽しむことができる。ましてや人間が、生存とは直接結びついていない欲求をコントロールできず、結果的に不幸になったり、身体を壊したりしているのを見ると、本当にアホじゃないかと思うな》
 しかし、しゃべっている内容は、とても犬のものとは思えない。まして、犬好きが必ず振り返るほど一見かわいらしいミニチュアダックスがしゃべっているとは。
《動物は本能で動いていると思っている人間が多いらしいが、そんなことはない。ちゃんと学習した結果身につけたものによって動いている。まあ、「パブロフの犬」みたいな単純な反射が多いがな。しかし人間だって、似たようなもんだ。お前さんがこの前読んでた『単純な脳、複雑な「私」』に書いてあっただろう。人間の行動が起きる過程の話だ》
 小次郎が言わんとすることはわかった。脳科学者池谷裕二の本には、こう書いてあった。
 人間が行動を起こす場合、まず脳が行動の準備を始める。そして準備が整って、行動を起こすことができるようになってから、「行動を起こそう」という意思、意識が生まれる。これは実験で確かめられている。順番として、「行動を起こそう」という意思が最初ではないのだ。
「行動を起こそう」というのは、自由な意思ではない。脳が先に準備をしてから作っている意識だ。
 自由意思などない。
 ただし、ここから池谷裕二は、重要な、我々にも受け入れやすい事実を教えてくれる。
「行動を起こそう」という意識が生まれたあと、実際に人間が行動を起こすまでには、時間があるのだ。この時間を池谷裕二は「執行猶予」と呼んでいる。この時間に、我々は、その行動を起こさないことができる
 つまり我々は、自由意思で行動の準備を始めるわけではないが、行動の準備ができた後に、その行動を起こさない権利を持っている。
 自由意思はないが、拒否権はあるのだ。
《拒否権を使わないのなら、意識なんかなくて良いのだ。人間のくせに。もっと考えろ》
 小次郎は言った。
《そして、オヤツをくれ》
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2010/08/22(日) 15:05:41

[考えない練習] 一切皆苦

タバコが美味い理由として、『読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー (ムックセレクト)』に、次のような趣旨のことが書いてありました。

タバコを吸うことによって、タバコを吸っていない時間すべてが、苦痛の時間になる。タバコを吸っている時間だけが、苦痛から解放された時間になるから、いつもタバコのことしか考えられなくなる、と。

タバコをやめようとがんばった経験のある人なら、この説明、実感としてよくわかるのではないでしょうか。ぼくも、なるほどと思いました。
と同時に、でも、それならそれでいいんじゃないか、と、タバコをやめたくなかった当時のぼくは、思ってしまうわけです。
人生の楽しみなんてみんなそうじゃないか、と。
しんどい思いして仕事をするからこそ、それが終わったときには達成感や開放感が得られる。楽で簡単な仕事で得られる充実感は、たいしたことがない。
結局、「タバコの快楽はタバコを吸えない苦痛からの開放感にすぎない」という、なかなか素晴らしい発見も、禁煙にはあまり役に立ちませんでした(その他の禁煙のデメリットや、タバコに支配される不自由からの脱出を考えることが禁煙に役立ちました)。

煩悩リセット稽古帖』に、一切皆苦の説明として、次のようなことが書いてあります。
修行中、何時間も裸足で歩き続けていて、道の上の小石を踏むたびに痛みの苦を感じてから、砂地に足を踏み入れると、至福を感じる。しかし、歩き始めてすぐに砂地に入った場合、何も感じない。「楽」というのは、「苦」がなくては存在しないただの蜃気楼、思考の詐欺なのだ、と。
タバコといっしょですね。
無条件な、独立した「楽」というものはない。ただ、「苦」だけがある。「苦」から解放される時に現れる蜃気楼が「楽」である。
一切皆苦、すべてが苦である、なんて言われると、「ええ~、そんなんイヤやなあ。人生に楽しいことがなかったら生きてても仕方ないやん」と思ってしまいますけど、実はちょっと違います。
「楽しい」って何でしょう?
「ああ、今楽しいなあ」って思うこと、ありますか?
「楽しいなあ」と思うということは、自分の状態を自分で見て分析してるわけで、ある程度冷静なんですよね。つまり、あんまり夢中になってないってことなんです。本当に夢中になって今やっていることに熱中してやってる時って、そんな分析してるヒマなくて、あっという間に時間が過ぎ去ります。旅行は計画・準備の時が一番楽しいというのはそういうことで、つまり、「楽」という状態は、ないのです。あるのは、「フロー」であり、将来の「楽しみ」であり、蜃気楼の「楽」です。
そして、今やってることがやりたくないことである場合、当然やっている対象以外のことを考えますから、「はやく終わって欲しい」と思ったり、「苦しいなあ」と思ったりしますよね。だから、「苦」という状態は、あるのです。

ここまで書いてきたことが何の役に立つかというと、安易に、無条件に存在する「楽」を追い求めてしまう間違いを犯さなくなる、ということです。
努力せず、苦労しなくても、「楽」になれることがある、という勘違いをしていると、そればっかり求めてしまいますが、本当は、独立した「楽」なんて、ないのです。
タバコを吸うとリラックスできるとか楽になれるというのは勘違いで、実はタバコを吸っている瞬間だけしか楽になってはおらず、タバコを吸っていない間中ずっと「苦」なのです。酒を飲むのもお腹が空いてもいないのに食べるのも、そうすれば無条件で「楽」が得られると勘違いしているからですが、実は無条件ではないのです。依存したり身体にダメージを与えたりするのと引き替えに蜃気楼の「楽」を得ているのです。一見お手軽、カンタンに「楽」になれるように見えて、実は自分で「苦」になって、そこからの開放感を得ているだけなのです。
だから、無条件の「楽」なんてない、ということを実感として理解して、「フロー」を探すことが大事だと思うのです。

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2010/07/27(火) 23:26:23

[考えない練習] 「わかっちゃいるけどできない」改善法 ~ 煩悩リセット稽古帖2

『煩悩リセット稽古帖』は、そでの部分に

本書を少し読むと、まるで心理学の本のようだと思われるでしょう。
そう、仏道は、宗教ではなくて、お釈迦さまが見抜いた心理学。
現代に生きる私たちにこそ役に立つ精神トレーニングメソッドなのです。


と書いてあるような本ですが、しかし、第1章のはじめの「業(カルマ)」についての説明が、やや「怪しげな宗教風」に感じられてしまう気がします。
「業(カルマ)は心の中に蓄えられたエネルギー」という最初の記述より、その何ページか後の「私たちを裏から操っている潜在力、それが業(カルマ)です」という表現の方が、まだ受け入れやすいと思います。

この「業(カルマ)」というのは、私は、「反射」だと思っています。
要するに、パブロフの犬です。
身体の条件反射ではなく、脳の、脳内の電気信号とか化学物質の条件反射。

「ふつうの燃料は使うと減りますが、業(カルマ)の煩悩エネルギーは使うと増えるのです」とこの本では書かれていますが、反射の回路が太くなっていく、ということだと私は解釈しています。

同じ反応を繰り返していると、その反応に至る道が、広く通りやすくなっていく。
タバコを吸っているとどんどん吸いたくなり、毎日酒を飲んでいるとどんどん飲みたくなり、食べれば食べるほど食べたくなる。
ネガティブなことばかり考えていると発想がどんどんネガティブになっていく。

以前に書いた(「続ける」小手先の技術に頼らない)ように、『自分がたまらないほど好きになる本』という本に

行動を起こすたびに、その行動の裏にある動機となる感情、姿勢、信念を強化している


と書いてあります。

行動を起こす、あるいは起こさないことによって、我々は毎日、反射のパターン、つまり「自己」を作っているのです。

だから、正しい行動を起こして、それを続ければ、正しいパターンが身につくわけです。

ただし、気をつけないといけないことが一つ。
それは、行動分析学で言う「行動随伴性」の考え方によって、反射は身につくということです。

行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)』という本に、ハトにキーをつつかせる話が載っています。

ハトに、まず赤や緑の光を見せる。緑の光の後にキーをつつくと、エサが出てくる。赤の光の後にキーをつついても、エサは出ない。そうすると、ハトは赤の時はキーをつつかなくなり、緑の時だけつつくようになる。

こうやってキーをつつかせるわけですが、重要なのは、強化すべき行動の後、すぐにエサを出すということです。そうしないと、違う行動を強化してしまう。

ハトでも人間でも、こうやって行動を身につけるので、例えば、トイレの電灯をつける、という行動は、直後に明るくなってトイレが使えるのですぐに身につきますが、電灯を消す、という行動は直後には良い結果が出ないので身につけにくい。

最近私はiPadの「太鼓の達人」で遊んでいます。リズム感全くなしの下手くそですが、やってると、だんだん叩けるようになる。「うまくなってやろう」とか「どうすればうまく叩けるのか」とか、まったく考えていません。でも、やってればうまくなる。それは、自分がiPadをタップした結果が良かったのかどうか、即、画面や音でわかるからだと思います。この「即」が重要。

「行動分析学入門」でも、ハトに行動を教えた際の体験談が載っていて、行動を教える技量によって結果にものすごく差が出るということが書いてあります。

効率よく行動を教える秘訣として「即時強化」「目標は少しずつ引き上げること」「挫折をした際の対処の仕方」の3点が挙げられています。

『煩悩リセット稽古帖』でも

ネコッコの躾をする際には、現行犯で捕らえて教えるのが大切であることは申すまでもないでしょう。
同様に、わたくしたちの心をコントロールしようとするにあたっても、欲望や怒りという煩悩が湧きあがってきたそのときに、現行犯で捕らえるのが肝要です。


と書かれています。

「人間の心には双曲割引という性質があるんだ!」という発見も良いですが、むしろ、人間の行動のほとんどは反射で行われていて、反射は行動随伴性で身についていく、と理解した方が、改善する方法を考えやすいと思います。

池谷裕二が『考えない練習』の対談で言っているように

人間の行動はほとんどが脳の反射によるもので、本当は自由意思なんてないんだ、自由否定しかないんだと言うと、そのことを悲しいととらえる人がとても多くて、逆に私は衝撃を受けたんですけどね。
反射しかないんだったら、その反射を鍛えれば良い、むしろやることが限られて良いじゃないのかなと思うんですが。


と私も思います。

そして自由否定を活用して反射を組み換えるトレーニングについて、『煩悩リセット稽古帖』で

簡単かつ実用的なる新しい仏道実践法を開発いたしました。名づけて「三秒観」。


と書かれている方法。
要するに、心の動きに気づいたら、行動や言葉にしてしまう前に、3秒待つ、というだけのことです。
これで、反射として学習してしまわないようにする。
しかしこの方法、『自分がたまらないほど好きになる本』にもまったく同じ方法が載っていて、「中止法」「拡大法」と名づけられています。
アメリカを代表する心理学者と日本の僧侶、ほとんど同じことを言っています。私の実感としても、正しいです。

「わかっちゃいるけど実行できない」を実行するための訓練法は、今日紹介した本に書いてあると思うのです。

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2010/07/21(水) 22:53:30

[考えない練習] 煩悩リセット稽古帖1

『煩悩リセット稽古帖』は、『考えない練習』と同じく、小池龍之介というお坊さんが書いた、「精神トレーニングメソッド」の本です。

しかしこの本に頻出する表現。

例えば。

 ひょっとして読者の中には、「善や道徳なんかには興味ないもんッ」と思っていらっしゃる方も多いかと思いますが、ほとんどの場合、それは、嘘…ッ。
 とんでもない嘘…ッ。


とか

 無知になる……ッ。
 嘘をつくと、頭が悪くなる……ッ!


とか

 わたくしたちはまさに、取り憑かれている…ッ!
 相手を否定することにより、自分はひとあじ違っていると、差を見せつけたがっている…ッ!


とか。

ジョジョ風…ッ!
いや、カイジ風…ッ!

お坊さんらしくありません。
まあ、お坊さんらしく「……と申せましょう」みたいな表現のところも多いんですが。

内容についても、少なくとも日本の一般的なお坊さんが書いたようなものではありません。

原始仏教は、他のいわゆる「宗教」と違い、現世での修行によって悟りの境地に至ることが目的で、そのためのトレーニング・メソッドを仏陀は多くの人にレッスンして回ってたんだ、と。
そして筆者は、「仏教」は宗教的すぎるので「仏道」という言葉を用いています、と書いています。

原始仏教・上座仏教・大乗仏教そして日本の仏教の関係がイラスト入りの1ページの図でわかりやすくまとめられてもいますが、多分これって、日本のお坊さんとしてはすごく「異色」なことをしていることになるんでしょうね。「戒律が守られていない世界唯一の仏教国日本」と、批判的とも取れるコメントも書いてあります。

こういう、若くて仏教のことを一生懸命考えてる人が、ぼくらの役に立つ本を書いてくれて、その本が売れてる、というのは、悪くない…ッ。
「仏道」における「煩悩と心のプロセス」と「煩悩リセットレシピ集」を、それぞれ1ページのイラスト入りの図でまとめているのも、大胆…ッ。
たぶん、お坊さんが、こういうことをするのって、だいぶハードル高いと思う。

そして、いろいろなことが書いてありますが、ぼく的には次の部分がポイント。

「やっちゃダメだ」とわかっていてもやめられぬ…ッ。「酒・タバコをやめたい」のにやめられないとか、「たくさん食べたくない」のに食べ過ぎちゃうとか。
 対人関係で考えてみると、自慢話をしたり人に恩着せがましいことを言ったり、明らかに自分にとってマイナスに作用するとわかっていることをやってしまう……。
 つまりこれ、腹の底ではわかっていない。無知、無明。
 仏道とは、この「無知」を突破して、意志どおりに実行できるようにする道です。


勝間和代は著書の中で、「心の底から理解すること。腹落ちすれば実行できる」とあっさり書いていたように記憶しています。

いやいや、それ、仏道ですからッ!
そんな簡単にできませんからッ!

というわけで、わかっちゃいるけど実行できない、を、本当に腹落ちして実行できるようになるためのトレーニング・メソッド。知りたい方は、読んでみましょう。

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2010/03/02(火) 23:33:15

[考えない練習] なぜ余計なことを考えてしまうのか

失敗する原因が余計な考えごとである(考えない練習1)なら、なぜ私たちは余計なことを考えてしまうんだろう?

考えられることとして、集中しすぎてしまうと物理的な危険を避ける能力が下がるので、かつてはサバイバルに不利だったんじゃないか、というようなことを以前書いたと思います。危機感・恐怖を見逃さないことが生存のために重要であったため、脳は常にそういった要素を探すようにできているんじゃないか、と。

『考えない練習』という本では、仏教用語を用いて、五感から得られる経験済みの感覚よりも、脳が生み出すネガティブな考えの方が刺激が強いから、という考え方が書かれてたように思います。

私は、もう一つ、「考えごと」には形がないから、じゃないかと思うのです。

目に見えない、正体がはっきりしない、なんかもやもやして、つかみどころがない。
だからその正体を見極めよう、しっかりと捕まえようとしてしまうのではないか。

もしそうであれば、目に見えるようにして、「わかった」と思えば、壊れたレコードのように繰り返し頭の中で再生されることもなくなるのでは。

つまり、頭の中のもやもやしたことは、紙に書くことで、目に見える、音声に変換できる言葉に変わって、五感からの情報のように消化できて、いつまでもくすぶり続けずに済むのではないでしょうか。

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2010/02/23(火) 21:58:44

[考えない練習] 考えない練習3

環境から反射的に、勝手に、自動的に「考えてしまっている」ことがあって、そんなのは自由意思じゃなくて、逆にそれを否定することこそが自由意思なんだよ、と。
だからそんな余計な考えごとは、安心して捨てちゃいましょう。自然なままに任せてちゃ、今の世の中生きにくいですよ、という話でした。

みなさんそれぞれ、いつもやってしまう余計な考えごとのパターンがあると思います。

イヤなことがあった時に、その原因・責任が誰にあるかばかりを考えてしまう人。結構いますね。現状にどう対処するかは全く考えないんですね。その考えに行く前に、現状認識の時点で、現状を受け入れず、「こんなはずじゃない、おれのせいじゃない、誰のせいなんだ」という方向にばかり考えが行ってしまうんですね。

ぼくの場合は、「青い鳥症候群」です。

どこかにきっと、努力せず、辛い思いもせず、健康的にラクに痩せる方法があるはずだ。
仕事が楽しく、成果が上がる方法があるはずだ。
ストレスを感じず、毎日が楽しくなる方法があるはずだ。
そんなことばっかり考えてる。
考えて、調べて、その通りやっているのに、うまくいかない。
努力してるのに、報われてない気がする。

でも、違いました。
少しずつ痩せているし、痩せる方法が「わかる」から「できる」に近づいてきてるし、仕事の成果も充分あがっている。
ただ、それを実感できてないだけ。
余計なことを考えてるせいで、幸せを味わえてないだけ。
野生の動物は、一生懸命食料を得ても、それを味わえるのは一瞬。まして、ラクして幸福感をずっと味わえる方法なんて、あるわけがない。
一瞬しか味わえない、貴重な幸福感を、集中して、他の余計なことを考えずに味わうこと。
仕事にしてもダイエットにしても、一気に大きな成果が得られて以後ずっと幸せ、なんてことはない。
毎日少しずつ得られる充実感、達成感を大事にしていくしかない。
本当はすぐ近くにいる幸福の青い鳥に気づかずに、どこか遠くに青い鳥がいると思いこんで、一生懸命走り回ってる。
それが自分だったなあと思うのです。

タバコにしても酒にしても食い過ぎにしても、すごい副作用があることが、理性ではわかっているのに、「何もかもを解決してくれる魔法の薬がどこかにあるんじゃないか?」と、都合の良いことを、「反射的に」、一生懸命仕事をしたのに充実感が得られなかったタイミングとかで、「考えてしまう」。たばこも酒も過食も、感覚を麻痺させてくれるモルヒネ的効果はあるので、悪い「反射」がどんどん身についてしまう。

そんな感じだったと思うのです。

余計な考えごとのパターンって、すごく個人差が大きいと思います。
過去に自分が繰り返したパターンや、環境や身体の状態によって、反射的に余計なことを考えてしまっているのだ、ということをとことん理解する。
そして自分は、そういった反射に拘束されている不自由な状態であることを自覚しないといけない。
自由になるには、自分を拘束している反射のパターンを理解して、余計な考えごとを捨てていくこと。
だと思うのです。

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2010/02/22(月) 21:49:20

[考えない練習] 考えない練習2

余計なことを考えてしまい、集中できないせいで、すごく色々と悪いことが起こる。それが諸悪の根源と言って良いほどに。
でも、余計なことを考えてしまうのは、もともとの脳の性質なんだよ、と。
だから「考えない練習」をしましょう、という話でした。

でも、本当に考えなくて良いの?
考えるっていうのは人間にしかできない素晴らしいことなんじゃないの?

まず、考えなくちゃいけないことと考えなくて良いことを、ちゃんと分けましょう。
昔と違って、今は、物理的な生命の危機なんてめったになくて、その代わり別のストレスがいっぱいなので、もともとの脳の性質のまま、本能のままに脳を使っていては、幸福感は得られません。

そして、「考えてしまう」のは、自由意思で行っていることではないと認識することが重要です。
気がついたら考えてしまっている、というのは、自分の意思で「考えよう」と思って考えるのとは別だ、というのは直観的に理解できると思います。
でもそれだけの話じゃなくて、そもそも、自由意思なんてものがこの世に存在するのか? という話です。
池谷裕二の『単純な脳、複雑な「私」』という本に、結論に近いことが書いてあって、是非読んでほしいんですが、要するに、自由意思なんてものは、ないのです。
あるのは「自由否定」だけ。

環境が脳の「ゆらぎ」を決めてしまって、それに反応して動いているだけなのに、自分の意思で行動していると勘違いしている。
つまり、ただの「反射」なのに、自由意思だと思っている。
でも、この「反射」のあと、実際に行動するまでの間にはタイムラグがあって、その間に、ぼくらは、反射を否定することができる。
もし自由意思があるとしても、これだけしかない。

「考えてしまう」のは、自由意思じゃなくて、反射。
その反射を否定することが、自由意思。

だからやるべきことは、悪い反射を否定して、良い反射を増やしていくこと。
つまり、余計なことを考えない練習です。

次回、さらに具体的に何をどうすれば良いか、考えます。

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2010/02/21(日) 20:48:58

[考えない練習] 考えない練習1

考えない練習』という本を読みました。
「はじめに」の最初に、いきなりこう書いてあります。

私たちが失敗する原因はすべて、余計な考えごと、とりわけネガティブな考えごとです。



失敗する原因は「すべて」「です」と言い切ってしまっているところが、期待感を抱かせてくれます。

が、しかし。目次を見ると……

第1章 思考という病
第2章 身体と心の操り方
第3章 対談 池谷裕二×小池龍之介

となっており、第2章は「話す」「聞く」「見る」「書く/読む」「食べる」「捨てる」「触れる」「育てる」となっていて、全体のほとんどを占めています。

つまり、考えない練習について詳しく書かれているのです。

最初の一文の断言が、なぜできるかを、もっと詳しく解説して欲しかった。
それなしで、いくら練習法について詳しく書かれても。

もちろん、練習法の中で、なぜ最初の一文が言えるかについても触れられてはいるんですが、練習法の説明が終わってまとめもなしで、いきなりおまけ風の対談、というのはいかがなものかと。

ただ、私の直感は、最初の一文が正しいと告げていますので、ここで考えてみます。

著者はお坊さんなので、どうしても仏教の用語で説明してしまうんですが、それだと私たちにはかえって説得力が落ちてしまう気がします。

まず当たり前の話として、スポーツ等で集中が必要なときに、余計な考えごとをしていると、失敗します。

次に、仕事でも、考えてもしょうがない思考に邪魔されて、効率が落ちているのは、GTDで集中力が増した実感を得たことのある人なら、よくわかると思います。
「この仕事、あとどれくらいで終わるかな。ホントにこの仕事やってて良かったのかな。もっと先にやっとかなきゃいけない仕事があったような気がするな。先週金曜日に課長になんか言われたんだよな……」というのが、余計な考えごとです。そんなことは仕事を始める前に充分考えておくか、課長に言われた時にメモしておけば良かったのです。

それから、何も考えずに作業を始めれば、何ら苦痛を感じることなく終わる作業なのに、ちょっと一呼吸入れたばっかりに、「ああ、めんどくさいなあ。明日まとめてやろうかなあ」と考えてしまって、動けなくなる。

さらに、事前には「セックスしたいしたいしたい」と考えていたはずなのに、終わってみたら、全然満足してない、というか、どうでも良いこと考えながらテキトーなセックスをしてしまっていた、とか。いつも「何か食いたい」と思いながら、実際に食う時にはテレビ見ながら飲み込んでて味を覚えてない、とか。要するに、集中して味わってない。

これらはすべて、脳という器官のヤクザな性質のなせる業なのです。

もともと脳は、生命の危険を避けるため、恐怖や危機感を見逃すまいとしています。
それに対して、幸福感や穏やかな気持ち、五感から来た電気信号の中でも変化のないものは、スルーしてしまうのです。
飢えや性欲は長時間続きますが、味を感じる幸せ、射精感は一瞬で終わります。
食欲や性欲は、それがなければ必死で行動しないから強く、幸せは、ずっとそれに浸っていては危険なので、一瞬で終わります。

そして脳は、五感から来る情報に対して、データベースができあがった(大人になった)後は、割と判断が速くて、「ああ、以前のあのときと同じだな」と、すぐに飽きてしまいます。
逆に、脳内で過去のデータベースを元に作られる、特にネガティブな情報に対しては、「大丈夫かな? 危険じゃないかな?」と、長いこと考え続けちゃうんです。

「一切皆苦」ですな。

「考えない練習」では、五感を研ぎ澄ませて「思考病」を治そうとします。
GTDでは、信頼できる脳外装置に心配事をすべて吐き出すことによって、脳がクリエイティブに働くようにします(GTD ストレスフリー 余計なことを考えない)。
勝間和代も、コンサルティングを依頼されたときに、まず「考える意味があるかどうか、自分が考えることによって価値が出せるかどうか」を考えた、というようなことをどっかで読んだ気がしますw

余計なことを考えないことが重要なのはわかりました。
でも、人間ってもともと余計なことを考えるようにできてるってこともわかりました。
どうすれば良いか、次回もうちょっと考えてみようと思います。

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