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セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2011/10/25(火) 06:05:26

[教養] 急がば回ればカメよりウサギ

数学に感動する頭をつくる (ディスカヴァー携書)
栗田 哲也
ディスカヴァー・トゥエンティワン
売り上げランキング: 58253


ハウツーとかマニュアルとか自己啓発書とかビジネス書とか、ぼくも大好きでよく読んでますけど、書かれてる内容って、「バカでもできる」方法ですよね。
でも、バカでもできる方法をいくらやっても、賢くはなれない。

カメでもウサギに勝てる走り方。
それは完璧なペース配分と、最短距離のコース取り。
でも、いくらそれを覚えてパーフェクトに実行しても、能力は向上しない。
もう一度レースをして、ペース配分を少しでも失敗したら、絶対に負けてしまう。
遠回りをして、ムダに全力で走るからこそ、能力が上がる。そういう部分もあるはず。
だからって何も考えなくて良いのか、何を考えてもムダなのかというと、それは違う。ちゃんと、少しではあるけれど、能力自体を上げるためのポイントってのは、あるはずだ。
それがこの本には書いてある。
ただ、カンタンに実行できるようなものではない。当たり前だが。
それを、正直に、ごまかさずに、書いてある。ある年齢を過ぎたら、その能力を伸ばすのは諦めた方がいい、等と冷酷なことも書いてある。その分信用できると思う。

食べ物に困ってる人に何をあげるか。
魚。
釣り竿。
釣り竿を作るための道具。
釣り竿を作るための道具を考え出せる能力。
決してカンタンには身につかない。受け取るのに努力が必要だ。でも、いちばん根本的で、応用範囲が広い。
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2011/08/06(土) 21:49:22

[教養] 《心》に答えを求めるな!

松本龍前震災復興担当大臣が、自分の失言をB型のせいにして、余計叩かれたのは、気持ちの良い出来事でした。ぼくもB型ですが、それはおいとくとして。

ところが、日常では、このパターンの言い訳、結構通ってる気がして許せません。

マニュアル読まずに機械使って失敗して、「だって、あたし、マニュアルとか読まない人だからぁ」って言ったり、「何で前もってちゃんと準備しておかないんだ?」ってマジで怒ってるのに、失敗したのが可愛い女の子だと「まあまあ、○○ちゃんはそんなキャラじゃないし」ってかばわれたり。

「キャラ」?
それで失敗が許されるの?
わたくし、若くて可愛い女の子は大好きですが、職場でこういう甘えたことを言う子はマジで許せません。まあ、女性の少ない職場で甘やかされてしまっているのはわかるし、仕事中以外はいくらでも許すんですが。

気を取り直して。

失敗の原因として「そういう人だから」が理由になっていないのは明白だと私は思いますが、同じような単なる言い換えが、結構世間では通っています。
「あの人、何でいつも時間に遅れるの?」「時間にだらしない人だから」
「あの人、だらしないんだよ」「何で?」「いつも時間に遅れるもん」
完全に循環論理です。
原因を考えているのではなく、ラベルを貼り、自分で貼ったラベルを見てそれを原因だと思っているだけです。
こういうラベルは、「A型」とか「几帳面」とか「神経質」とか、心の性質を表す言葉に多いです。
そして、ラベルが人の行動を縛ります。

時間に遅れた人が「まあ、いつも時間にルーズな○○さんだからしかたないよね」と許されたとします。この人は時間にルーズだという欠点を改善するチャンスを失い、次からも時間に遅れます。
だから許しちゃいけないんです。

そして、ラベルを貼って、それを信じることは、人間の性質は不変だ、という誤ったメッセージをも信じさせます。人間の能力は努力次第で伸ばすことができるという信念を持つことができない人がいかに不幸かについては、最近私が毎日触れている『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』という本を読んで欲しいと思います。

それでは、ラベル貼りではなく、本当の原因を探すにはどうすれば良いか?
一つの方法は、行動分析学の本を読むことでわかりますので、また今度書きたいと思います。





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2011/04/21(木) 06:49:39

[教養] モバゲーかモベイジか(怖いくらい通じるカタカナ英語の法則)

もう、英語のカタカナ表記を、文部科学省が変えて、統一してしまえば良いんじゃないか。

「ビジネス」は「ベゼネス」に。
「アニマル」は「エネモウ」に。
それだけで、日本人の英語能力ははるかに向上するんじゃないか。だって日本人は、全く英語を勉強していない人でも英単語は結構知ってるから、発音さえ通じればかなり自信が持てるはず。
カタカナ表記を変えただけで通じるか? と疑問に思う方は、「英語:カタカナ発音でもいいんじゃないか」とか

怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 (ブルーバックス)
池谷 裕二
講談社
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を。

これまでの表記を国がコロッと変えられるか? というのは問題ではありますが、使える漢字さえ結構コロコロ変わってるので(「ら致」とかオカシイだろ)、充分可能だと思います。

そもそも、なんで英語の発音とカタカナ表記がこんなに違ってしまっているかというと、英語の綴りに引きずられてしまってるせいだと思います。日本語をローマ字表記するときのパターンで英語を読んでしまうから。
耳で聞いたら、絶対「アップル」ではなく「アポー」。「チェックイットアウト」ではなく「チェケラッ」。
いやまあ、中井貴一は mobage を「モベイジ」と読むんですけどね。
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2011/04/05(火) 23:11:01

[教養] 受験参考書の思い出

今から考えると、大学受験の勉強って楽しかったな、と思います。
ぼくは塾や予備校には行かず、ひたすら好みの参考書をかき集めて勉強していました。
良い参考書に出会うと、うれしくてしょうがなかった。

覚えている本は

ビジュアル英文解釈 (Part1) (駿台レクチャーシリーズ)
ビジュアル英文解釈 (Part2) (駿台レクチャーシリーズ)
英文解釈その読と解 (駿台受験シリーズ)
梵我堂の〈本音で迫る小論文〉 (受験面白参考書)
『世界史講義の実況中継』
『なべつぐのあすなろ数学』

というところですが、他にもありました。

「受験勉強なんて役に立たない」。当時はそれを否定する声もあまり大きくなかったように思います。でもぼくは、勉強しながら、「そんなことはない」と思っていました。実際、『読と解』なんかを読んでみればわかります。英文を読んで感動するという貴重な経験をさせてくれ、人間としても成長させてくれた(少なくとも、そんな気にさせてくれた)のは、受験参考書でした。
『読と解』は、十数年経った今も大事に持っているので、見ながらちょっと引用します。

Strange is our situation here upon earth. Each of us comes for a short visit, not knowing why, yet sometimes seeming to find a purpose.
From the standpoint of daily life, however, there is one thing we do know: that man is here for the sake of other men-above all, for those upon whose smile and well-being our own happiness depends, and also for the countless unknown souls with whose fate we are connected by a bond of sympathy. Many times a day I realize how much my own life is built upon the labors of my fellow-men, and how earnestly I must endeavor to give in return as much as I have received. My peace of mind is often troubled by the depressing sense that I have borrowed too heavily from the work of other men.


一つ目の英文がこれでした。解説に12ページ費やしてます。その最後の方で、大事なことが明かされます。

筆者は人類に宇宙の謎を解き明かしてくれたあの物理学者アインシュタイン(Einstein)。偉大な業績に比してこの謙虚な想い、宗教的とも言うべき省察と称すべきなのだろうか? いや、ひたすら正確な人間存在の考察が、自然、この思いを生んだだけのはずだ。


苦労して理解するからこそ余計感動する、というのもあるんですが、やっぱり内容的に良いと思います。
他にも、「恥ずかしがり屋はいけないの?」「人間は弱肉強食でいいのだろうか?」「不具の身ゆえに得た宝物」「生まれつき人との競争が嫌いな私」「思考における言語の機能」「読書はネクラ?」等々、感動的な英文が解説されています。

まあ、今は売ってないんですが……。

『なべつぐのあすなろ数学』も、ユニークでおもしろい本だったんですが、残念ながら、今は手元にありません。
うろ覚えですが、こんな事が書いてありました。

「大学に絶対に合格する方法を教えてあげよう」
「そんな方法あるんですか?」
「ある。ただし、実行できれば、だが」
「教えてください」
「落花生を一袋買って帰れ。そしてそれを毎日、一粒の半分ずつ、必ず食べるんだ。1年間、1日でも欠かしてはいけない。1日でも欠かしたら、合格できない。カンタンだろ?」


そう、これが、意外とできないんです。たかが落花生を食べる程度のことが、1年間毎日続けられない。逆に、1年間毎日続けられさえすれば、何とかなる。今考えても、ああすごいこと書いてあったな、と思います。

大学に合格してからは、あまり勉強しなくなってしまいました。勉強の楽しさも、勉強が役に立つということも知っていたんだけど、しなかった。やっぱり、なんとなく、では、真剣に楽しむこともできないんだな、と思う今日この頃です。
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2010/11/21(日) 23:03:57

[教養] もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら

もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら
架神 恭介
イカロス出版
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パクリすぎw
上の画像では出てませんが、オビも完全にパクリです。

パンクロッカーと歴史上の名僧たちが殴り合いながら悟りの境地を目指す青春物語!
真言宗大僧都 蝉丸P推薦


新人マネージャーと野球部の仲間たちがドラッカーを読んで甲子園を目指す青春小説!
ドラッカー学会代表 上田惇生氏推薦


しかも、『もしドラ』はマネージャーが『マネジメント』だからまだマシでしたが、パンクロッカーと仏教とは、まったく関係ありません。
その上、なかみを読めば分かるんですが、まったく青春物語じゃありません

しかし、それでも私としては、わりとおすすめです。

釈尊の在命時にもこのような問題はありました。たとえば、仏教では出家者はセックスは禁止ですが、やっぱりセックスしたかったのです。ある者は死体の首を拾って、その口の中にちんこを突っ込みましたし、またある者は自分のアナルに己の長いちんこを突っ込んで、「フウー、気持ちいい! でも、セックスしてないからセーフだよね!」とか言っていました。


なんてことが書いてあります。
要は仏教の入門・解説書(残念ながら青春物語の要素はありません)なんですが、正確さを潔く犠牲にして(これはすごく勇気の要ることだと思いますが)、退屈させないように、読みやすく、比喩を駆使して、「テキトーに」説明しています。

仏教の科学的現実認識法を身につけて精神的安定をはかり、生産性を高めよう等という浅ましい勝間和代的実利追求主義は全くなく、「やればできる! がんばらなくちゃ!」とはちっとも思わない作品に仕上がっています。

仏教ってけっこうおもしろいから、知ったかぶりして楽しもうよ! という執筆態度が私は好きです。
そして「全体ドカーン」等、かなり秀逸な表現が、さりげなく「適当に」ちりばめられていて、なかなか素敵です。

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