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セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2011/02/25(金) 17:52:58

[やる気を出す方法] 失敗したらすぐあきらめろ

太鼓ポリリズム

ワタクシ、超ヘタ(というか、素質が全くないと思われる)なんですが、iPadで太鼓の達人をやっております。とは言え、上の画像のプレイ回数と得点の相関のなさは何かの間違いだと信じたいですが……。

太鼓の達人では、ノルマクリアに失敗しても、何度もやってるといずれ成功できるようになることが多いです。
しかし、素質が全くないワタクシは、何回やってもいつまで経っても成功できないことが多々あります。

どうしてゲームってこんなに楽しいのかなって考えると、一つは、自分がレベルアップして、ほんの数分前の自分にできなかったことができるようになる、というのが大きな要素としてあるよなあ、と思うわけです。

うまくなってる。レベルアップしてる。できるようになってる。
それが、目の前に、ビジュアルに、ばーんと、表現されるわけです。
「ノルマクリア成功!」「フルコンボ!」って。
うれしくてしょうがない。

ところが、何回繰り返してもできるようにならないと、だんだん哀しくなってくる。
もうやめよう……と。

でもある日、楽しさを思い出して、もう一回やってみる。でもできない。
そんなことを繰り返してるうちに、「どうやったら上達するんだろう?」と考え始めました。

そもそも、なぜできるようになるんだろう?
それは、知識が頭のなかに増えるからじゃないんですね。身体で覚えるからなんですね。

成功したときの身体の動かし方を身体で覚えるから、できるようになる。
いくら失敗を繰り返しても、できるようにはならない。

以前にぼくは、たった一つの冴えたタイピング練習法というエントリで、「タイピングが速くなる方法は、とにかく間違えないように大量にタイプすること」だと書きました。
「間違えないように」がポイントで、速く打とうとしても上手くならない。正確に大量に打つと、速くなると思うのです。
正しい身体の動かし方を身体が覚えるから。

そして、先日、tumblrにあるquote(ともぞうクリップ ―  私ははじめてのシェイピングに2時間40分を要したわけだが、その後研究をつづけ、数十羽のハトをシェイピ...)をしました。

要するに、ハトに何らかの行動を教える際、ハトがその行動に失敗したら、すぐに前の段階に戻るべし、ということです。
これも、できない段階のことを何度繰り返しても、できるようにはならない、失敗を繰り返しても意味はない、ということだと思われます。
それどころか、失敗した行動を学習してしまって、余計悪くなる可能性もあるでしょう。さらに人間の場合、モチベーションや自信がなくなって、取り返しがつかなくなるかもしれません。

ということを考えて、太鼓の達人で、それまでは「むずかしい」クリアできていない曲を繰り返してたんですが、やめて、「ふつう」や、すでに一度フルコンボでクリアした曲をやってみたのです。
しばらく繰り返してから、以前クリアできなかった曲をやってみると、あら不思議!
クリアできた! 自己ベストが出た! 超たのしい!

失敗したら、すぐにあきらめて、できることをやりましょう。
ただ、「人間は失敗しないと学べないって勝間和代が言ってたぞ!」と言う方。
その通り。
ですが、同じ失敗は絶対に繰り返してはいけません。クセになります。
また同じ失敗を繰り返しそうだなと思ったら、潔くあきらめて、成功を繰り返してスキルを上げてから、再挑戦しましょう。

ダイエットでも禁煙でも、同じだと思います。
失敗して自信をなくすくらいなら、やらない方が良い。ただ、やらないよりは、拍子抜けするくらい簡単なことをやる方が良いのです。
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2011/02/16(水) 21:45:44

[やる気を出す方法] ダメな理由を100個考えても余計ダメになるだけ

日産のティーダのCM見て「は? 何言ってんの?」と思いませんでしたか?
ぼくは思いました。

「なぜ、ティーダは世界で一番売れている日産車になりえたのか?」

って。
いやいや。それ日産の中の話でしょ? アンタの会社の中のことなんか知らないって。
「世界一売れている車になり得たのか?」なら、わからんでもないけど。
ティーダにはすごい秘密があって、すごく売れてるって言いたいんでしょうが。

それはともかく。
「なぜ○○なのか?」だと、○○であることが、前提になってしまって、当然正しいことになってしまう。
だから、「なぜダメなのか?」と考えれば考えるほど、「ダメだ」と思ってしまう。
まして、人間の自己正当化ってのは、無意識に、ナチュラルに、のべつまくなしに行われているほど根強い本能。
いくら考えても、ダメな自分を正当化する理論しか出てこない。だからダメ。

『スイッチ!』(メディアマーカー - tomozoのバインダー / スイッチ! 「変われない」を変える方法)に出てくる話。
ベトナムの子供の栄養不足を解決するためにスターニンという人物が派遣されたが、期限はわずか半年。ベトナム語もわからない。予算はわずか。スタッフも少ない。
ベトナムの子供の栄養不足の原因については、公衆衛生が乏しく、貧困が蔓延、水が汚く、地方の人々が栄養について無知である、等と文献に書いてあった。しかし、こういう「ダメな理由」は、役には立たなかった。
スターニンは、ベトナムの貧乏な家庭の中で比較的栄養状態の良い子供がいる家庭を探し、その真似を他の家庭にもさせることで、わずか半年で、大幅な、継続的な栄養状態の改善をもたらしたという(田んぼでエビやカニを取って食べる、サツマイモの葉を米に混ぜる等、お金がかからず実行に抵抗の少ない方法が見つかった)。

ダメな理由ではなく、ダメでない部分を見つけ、それはなぜかを考える。そこから突破口が開けた、ということなのです。
ベトナムの例でもそうですが、ダメな理由というのは、どうしようもない場合が多い。
脳にとってはとにかく納得することが先決で、しかも脳は自己弁護ばかりしてしまうので、「なぜダメなのか?」と問うてはいけないのです。
「どうすればうまくいくか?」と考えるべきなのです。

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2011/02/13(日) 23:06:31

[ブログ] ブログのネタのでっち上げ方

ブログのネタというのは、要するに「自分が知ってて他人が知らないこと」。
そして、ブログを書くときに、「オリジナルで、自分にしか書けない、みんながあっと驚くような」ネタを探す必要は、最初は、ない(将棋が強くなりたければ詰め将棋をやるべきだ)。
そこそこのネタで良いから、とにかくエントリを完成させて、アップすること。それを繰り返せば、ネタの料理法が上手くなり、ネタを選ぶのも、見つけるのも上手くなる。

そこそこのネタをつくるのに手っ取り早い方法は、「視点を変える」「基本思想を応用する」こと。
「自分が知ってて他人が知らないこと」なんてあんまりないよ、という方。違います。他人が思いつかないような視点から書けば良いだけです。ただし、意識して視点を変えるだけでは、深い文章は書けません。そこで、基本思想を応用します。基本思想というのは、あなたが普段から持っている考え方です。「プロとしての心構え」でも「主婦として世間に訴えたいこと」でも「昔からのサッカーファンとしてのこだわり」でも何でも良いです。ただ、応用範囲が広くて、オリジナリティが高くて、レベルの高い意見をたくさん持ってた方が、もちろん有利になります。

例えば大相撲の八百長問題。
基本思想として「スポーツ選手の人生設計支援・セーフティネット」について普段から考えている人なら、子供の頃から相撲一筋で生きてきた力士に対して人生設計をどう支援してあげるのか(急なケガで引退する時の収入とか、他の職に就かなければならない時のための教育とか、年6場所は多すぎてガチンコだと故障のリスクが高すぎるんじゃないかとか)という視点から書けます。
それだとありがちすぎるというなら、行司の立場から書いてみる。スポンサーの立場から書いてみる。力士と仲の良いスポーツ新聞の記者の立場から書いてみる(しばらくはネタに困らないけど、力士がかわいそうだ、とか)。

小向美奈子のニュースについて、もし自分がファンだったら、友達だったら、親だったら、兄妹だったら、マネージャーだったら、捜査関係者だったら、隣に住んでたら、裁判官だったら、薬を売ってあげてたら、本人だったら、と考えてみる。そして自分の基本思想と結びつけて語ることができれば、じゅうぶんネタになります。
そしていつもそうやって書いてると、だんだん基本思想が普遍的でレベルが高くてオリジナルになっていきます。

じつはこの方法は、ぼくの大好きな本(メディアマーカー - tomozoのバインダー / 梵我堂の〈本音で迫る小論文〉 (受験面白参考書))に載っています。ブログや文章を書く人にぜひ読んでほしい本です。

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2011/02/12(土) 22:23:43

[ブログ] ブログを書く動機とネタ

ぼくが一番ブログを書きたいと思うのは、「俺の考えは他人と違う、でも正しいはずだ」と思った時。

岡田斗司夫はドヤ顔を禁止した(岡田斗司夫のゼネラル・プロダクツ:魁!ブログ塾「どや顔に気をつけろ!」)けど、ぼくは、ドヤ顔、いいと思う。というか、ドヤ顔するためにブログ書くのに。と思う。
相手の顔をつかんで、目の前で大声で説教するヤツがいたら排除すべきだと思うけど、ドヤ顔っていうのは、他人が見てくれてることを期待しつつ、自分では完全に満足しながら、「見てくれた?」とささやかにアピールする顔であって、実にほほえましいと思うのだけど。
自己満足って大切だし、読みたい人は勝手に読んでね、読みたくない人は読まなくて良いから、自分でフィルターかけてよね、というのが今のネット上のコミュニケーションのはず。
罪山さんのように悩んでしまう(ブログを書くこと、その地獄 - 俺の邪悪なメモ)人もいるでしょうけど、ぼくは結構割り切れてて、「俺は他の人とは違う(キリッ」という顔をすることに迷いはあんまりないのです。

ただ、あまりにも「俺は違う」に偏りすぎると、読者に対する「認めてほしい」「賛同してほしい」「読んでほしい」という欲求が満たされなくなるので、ある程度の戦略が必要かなと。
そこで参考になるのが プレゼンのための5:3:2の法則 ? ライフハック心理学 で、受け手にとって知らない話ばかりされるのは受け入れられなくて苦痛で、受け手が知ってることが5割、言われてわかることが3割、初めて聞くことが2割くらいがちょうどいいんじゃないの、という説。
読者をどう想定するかにもよるし、自分の動機も保たなきゃいけないんだけど、まったく受け入れられないのは苦痛ですからね。

ネタって、要するに「自分が知ってて他人が知らないこと」。
ただ、自分が知ってることの中で「他人が知らない」ということを知らずにいる場合が意外に多いなとぼくは感じていて、そこを発掘することも大事かな。
「他人が自分とは違うことを考えてる」と気づかされたときに他人を攻撃する文章を書いてしまうと、説教臭くて受け入れられにくい話になってしまうかなとも思うけど、書く動機が保てるのは、やっぱり、自分だけが圧倒的に知ってることかな。
内容的に正しかったり普遍性があったり役に立ったりすることの他に、読者と自分の違いをちゃんと認識して、なあなあにならずに丁寧に説明して、かつ攻撃的になったり嫌みを言ったりしないのが、たくさんの人に受け入れてもらえる書き方かな。

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2011/02/04(金) 21:12:17

[小説] みんななぜ麻耶雄嵩を知らないのか

とは言え、最近の麻耶雄嵩の小説はぼくも読んでなくて、読んだのは

メディアマーカー - tomozoのバインダー / 麻耶 雄嵩

くらいなんですが。

しかし、『翼ある闇』だけはぜひ読んでいただきたい。その次は『メルカトルと美袋のための殺人』で。
とにかくひっくり返されるのが大好き、とか、とにかくヘンテコリンな探偵が大好き、という、ぼくと似た嗜好の方、ぜひ。
最初、多少読みにくいかもしれません。あと、ちょっと古い(いつの間にこんなに時が経っていたのだ……)ですけど。
ぼくも最近の摩耶雄嵩を読んでみようと思ってます。
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