セルフコントロール研究所 ~ ともぞうブログ

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2011/06/26(日) 23:41:36

[ダイエット] ダイエットしようと思ったらまず最初に買っておくべきもの

まず体重計。これ必須(体重が10kg以上減っていたことと、その理由に気づいた ~ ともぞうブログ)。

それから『レコーディング・ダイエット決定版 (文春文庫)』。方法はもちろん、ダイエットのメリットがこれでもかと書かれてて、モチベーションアップに。

そして、このエントリのミソはこれ。
キッチンスケール
食べ物の重さを調べる「はかり」です。
キッチンスケール買いましょう。めちゃ便利です。
食べた感じとか、見た感じとかで、食事の量を理解できないから太ってるんです。「食い過ぎだ」と自分でわかるなら太りません。
自分の感覚を信じない。機械に頼りましょう。冷酷に、自分が何グラム食べたか量りましょう。
いろんな食べ物の100gあたりのカロリーさえ調べとけば、完璧に摂取カロリーをコントロールできます。
アマゾンで「キッチンスケール」で検索すれば出てきます。2000円以下のやつで充分です。

レコーディングダイエットのための iPhoneアプリですが。

RecRecDiet

いつでも持ち歩いているiPhoneに入力。計算はもちろん自動だし、グラフでも見せてくれるし、よく食べるものを登録しとけば、次からは選択するだけ。単位当たりのカロリーを登録しておいて、何個(何グラム)食ったかという入力もできる。

サプリは、イージーファイバーマルチビタミン
イージーファイバー、まじ便利っすよ。
冷たい水でもすぐ溶けるし味まったく変わらないし。
カレーとか、GI高い炭水化物どかっと食う前に飲んどくと、血糖値の上昇が穏やかになって良い感じ。
マルチビタミンは、食事制限するとどうしても栄養が不足するので。どか食いしたい衝動が起きないように、お守り的に、朝飲んでます。
私は「TVMプラス」というのを飲んでますが、買うのがちょっと面倒だし、本当に良いのかどうかよくわからないので、特におすすめはしません。
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2011/06/25(土) 20:00:56

[続ける方法] ごちゃごちゃ考えてないで、とりあえず始めてみよう! 絶対に失敗するよ!

たしかに、考えてばかりで行動しなければ、成功しません。
しかし、ある程度考えてから行動したところで、絶対に失敗します。

例えば、タバコをやめようとする場合。タバコを吸うこととやめることのメリット・デメリットを考え、やめることにしました。しかし、食後にふと一服したくなる。仕事が終わってオフィスを出るとき、一日がんばったご褒美に吸いたくなる。すごくイヤなことがあったときに、ストレス解消したくなる。そんなことがある度に、吸うべきか吸わないべきか散々迷い、99回誘惑に勝っても、やがてつい「1回だけ」吸ってしまう。罪悪感とか、「1本も2本も同じ」とか、いろいろ考えているうちに、タバコをやめるのをやめてしまう……。

ダイエットを開始して、食事を制限して、運動するんだけど、結果が出ない。「すぐには結果は出ない」と自分に言い聞かせるものの、「今はせっかく美味しいものがあるから食べて、次から我慢しよう」と思っていると、いつまで経っても結果が出ない。ダイエット法が悪いんだと思い、別の方法を探す。他の方法でも、結果の大小はあるけど、同じことの繰り返し……。

なぜこんな風になってしまうのでしょうか。
禁煙失敗歴数十回、ダイエット失敗歴数十回の、この私が解説しましょう。

まず、あなたは大きな勘違いをしています。
あなたは自分の行動を自分で決めていると思っているでしょうが、それは大きな間違いです。
あなたに自由意思などありません。

有名な実験があります。
対象者に「好きなときに手を動かしてください」と伝え、「動かそう」と意図した時間、「動いた」と認知した時間、脳が手を動かすための準備を整えた時間、脳が手を動かす指令を出した時間、それぞれを計測します。
普通に考えると

動かそう→準備→指令→動いた

となりそうです。しかし実際には

準備→動かそう→動いた→指令(→実際に手が動く)

となっています。
つまり、「動かそう」と思う前に、すでに脳は手を動かす準備を終えているのです。脳が自動的に手を動かす準備をし、その後で「動かそう」と思わされる。しかし我々はそれを知らないので、「自分が動かそうと思ったから手が動いた」と思い込んでいます。

これは眉唾な実験じゃありません。他にもいろんな実験結果があって、「自由意思がない」というのはほぼ事実だと私は思います。もっとも、「準備」から実際に手が動くまでには時間があり、その間に「動かさない」ことはできるので「自由否定」はあります。
詳しくは『単純な脳、複雑な「私」』を読んでみてください。

やだやだ! そんなのやだ! ボクは自由なんだ! 自分のことは自分で決めるんだ! 自由意思がないなんてウソに決まってる! ボクはこれまで自分で選択してきたんだ!

はい、そうですね。そう思いたいですね。
でも、違います。もし仮にすべての行動を自分で「意識して」決めなきゃいけないとしたら、「できる」ことをいちいちすべて検討して選択・決断しなければいけません。大変です。無理です。
ほとんどの行動は自動的に決まっています。にもかかわらず、私たちは、自分で自由に選んだつもりになって、満足しているのです。これは悪いことではありません。
私なんかは、人間がまったくできていないので、小さいことですぐにイライラします。電車を降りて、急いでいるのに、駅のホームが混雑していてゆっくりしか歩けないと、周りの人を片っ端から突き倒して進んでやろうかと思ってしまいます。これは、「自分で選べてない」と思うからイライラするのです。
ゲームが、小説や漫画や映画よりもすぐれている点は、「自分で納得して決めている」と思い込むことができる点だと思います(竜王の城を見ろ ~ ともぞうブログ)。
人間が幸せかどうかは、自分の行動を、自分が納得して選び取ったものだと信じられるかどうか、という点に大きく依存していると思っています。

さて、あなたは、禁煙するべきかしないべきかを、そこそこ考えて、禁煙を実行に移したとしましょう。
すると、いろんなタイミングで、タバコが吸いたくなります。

普通の人は、食事を採ると、ドーパミンがドバドバ出て、脳波のアルファ波が増えて、満足します。しかし、ニコチン中毒の人は、ドーパミンを出さなくてもニコチンがアルファ波を増やすので、だんだんドーパミンが出なくなります。ついでに、ノルアドレナリンも減ります。つまり、食事をしてもタバコを吸わない限りアルファ波が増えないので満足できず、ノルアドレナリンが少ないので、いつも不安です。
喫煙者は普通、そんなことを知りません。ただ、

食後にタバコを吸う→満足できる

ということを無意識に学習するだけです。
ハトでさえ

ボタンをつつく→エサが出てくる

ということをあっという間に学習します。
ですから、あなたの脳は、食後には、自動的にタバコを吸う準備を開始します。その後に「タバコを吸いたい」と思います。
しかし、ここで「ボクは自由だ! 自由意思はある!」という勘違いをしていると、「タバコを吸いたい」という気持ちを、「自分の(大事な)感情だ」と思ってしまいます。ところがそれはウソです。
先に「食後にタバコを吸う→満足できる」という学習したデータがあって、それに基づいて脳がタバコを吸う準備を整えて、それから気持ちが作られているだけです。「自分で選び取っている」と思う方が幸福だからです。これまでずっとタバコを吸ってきた自分を愚かだと思いたくないからです。タバコを吸うことを肯定して自己正当化した方が気持ちいいからです。

いまいちスッキリしない方も多いと思うので、また『単純な脳、複雑な「私」』から。ちょっと長いですが引用します。

 ところで、脳梁切断の実験にはまだ続きがあってね、たとえば、右脳に〈笑え〉と示す。するとちゃんと笑ってくれる。ハハハハハ……と。何が表示されたかは把握できていないけど、正しい行動が取れる。笑えるんだ。
 そこで今度のテストでは、「何が表示されたか」という内容を問うのではなくて、その行動の「理由」を尋ねてみる。つまり「どうして笑っているの」と訊くの。すると、「だって、あなたがおもしろいこと言うから」と味わい深い返答をしてくれる。
「笑っている」という今の自分の行為は、もはや事実として否定できないよね。だって、もう笑っちゃってるんだから。その状態で「どうして笑ったか」と問うと、本人は「〈笑え〉とモニターに出たから」という本当の理由に気づいていないから、「笑っている理由」を探し始めるんだ。そして現状に合わせて都合良く説明しちゃう。
 あるいは、〈掻け〉とモニターに示すと、頭をぽりぽり掻くんだけど、どうしてと訊くと、「かゆいから」と説明してくれる。もちろん、かゆいから掻いたんじゃない。でも、「掻いている」という事実を説明する最適な理由は「かゆいから」だよね。
 こんなふうに脳は、現に起きてしまった行動や状態を、自分に納得のいくような形で、うまく理由づけして説明してしまうんだね。
 もっと複雑なテストをやっても似た現象が見られるよ。右脳と左脳に違う単語を表示してみる。たとえば、左脳に〈時計〉、右脳に〈ドライバー〉と見せる。すると、目の前に並べられたものの中から、きちんと「時計」と「ドライバー」を選べる。もちろん、本人には〈時計〉と表示されたことだけが意識にのぼる。左脳だからね。にもかかわらず「ドライバー」も一緒に手に取る。
 そこで理由を尋ねてみる。「なぜ時計とドライバーを持ったのですか」と。するとこんな答えが返ってくる。「〈時計〉という単語がモニターに出ました。だから時計を取りました。でも、時計が止まりそうだったから、電池を交換しようと思ったのです」。立派な答えでしょ。
――ヘンな言い訳(笑)。
 あはは。もちろん本人はまじめに答えているんだよ。こういう実験では、状況が特殊だから滑稽に思えるかもしれないけど、これは僕らが普段やっていることと変わらない。
 ただ、僕らの日常では、理由づけが比較的常識の範囲内に収まっているから、その矛盾に気づけない。だから奇妙に感じないだけの話。実のところ、僕らも常に周囲の状況に合わせてストーリーをでっちあげている――意味の偽造だ。
 こうした無意識の行為を「作話」と言う。僕らの考えていることのかなりの部分はおそらく作話なんだと思う。
 これは、自分の行動がまず先にあって、その行動の起源を常に探しているということだよね。もちろん、はっきりした根拠があって行動をしている場合もあるけれど、よく根拠がわからないまま行動しているときは(そういうケースは意外と多い)、その行動の意味を勝手につくり上げる。そして、当の本人は、それこそが「真の理由」だと心底信じている。
 きっとね、行動や決断に「根拠がない」という状態だと、不安で不安でしょうがなくなっちゃうんだろうね。理由がないと居心地が悪い。だから、いつも脳の内側から一生懸命に自分の「やっていること」、もっと厳密に言えば「やってしまっていること」の意味を必死に探そうとしちゃう。
(中略)
 さて、海馬が損傷されて記憶ができない患者さんでテストすると、やはり作話が見られることがわかる。担当医が来て手を差し出して握手をしたとしよう。この患者は〈握手をした〉という記憶は残らない。何分かで消えちゃう。
 そこで、握手するときに、手に小さな電気ショック機を隠しておいて、握手した相手をビリビリと刺激してみる。イヤなことするよね。そうでなくても海馬に損傷を受けて気の毒な患者さんなのに、その上さらにイジメのようなことをする(笑)。
 不意を突かれて刺激を受けた患者さんは「何をするんですか」と怒るんだけど、でも、やっぱり、数分ですっかり忘れてしまう。
 ところがおもしろいことにね、握手をしたとか、電気刺激されたというイベント(出来事)の記憶は覚えていないのだけど、好きとか嫌いとかいう感情の記憶は残るの。感情の記憶保管は、海馬とは別の脳部位が関係しているのだろうね。こんなふうに、記憶は多重性を持っているんだ。
 さて、その患者さんが再び診察に来たとき、「握手しましょう」と同じ医者が手を差し出すと、患者さんはイヤがる。刺激されたこと自体はまったく記憶にないけれど、でも、とにかく握手はしたくないんだ。
 そこで質問をする。「どうして握手をしてくれないんですか」と。すると患者は「手を洗っていないのです。手が汚れているから握手しては失礼だと思って……」などと答えてくる。つまり、自分の感情の根拠を、自分がアクセスしやすい記憶(ここでは「手を洗っていなかった」という記憶)に落とし込んで、説明をつけてしまう。
 これも事実を知っている僕らから見ると、すごく滑稽に思えるんだけど、やっぱり本人はいたってマジメ。間違った帰属推論に何の疑問もはさまずに真剣に話している。
 もちろん、彼らの言動を笑ってはいけない。僕らも同じように、いつも歪んだ主観経験の中を生きている。単に、その推論に論理的矛盾が生じない限り、「自分はウソをついている」ことに気づかないだけのこと。
――気づけないんですか?
 不幸にして、日常生活の中では、僕らは「自分がウソつきである」ことに気づくチャンスは少ない。だって行動や感情の根拠が不明瞭だからこそ「作話」するわけでしょ。
 そして根拠が不明瞭である以上、裏を返せば、作話した内容が「間違っている」ことを立証することはできないわけだ。だって、真の理由がわからないから作話したんであって、だから、もはや、その「真実」を作話と照合して、検証するなんて叶わない望みだよね。
 そんなわけで僕らは「本当は自分が道化師にすぎない」ことを知らないまま生活している。根拠もないくせに、妙に自分の信念に自信を持って生きている。
 そんな傲慢な僕らは、やはり「人間って生き物は主観経験の原因や根拠を無意識のうちにいつも探索している」という事実を、もっときちんと認識しておくべきなんだろうね。そうすれば、もう少し自分に素直に、あるいは他人に対して謙虚になろうって思えてくるでしょ。


タバコを吸いたくなるのは、単なる「反射」。
エサを出す前に必ずベルを鳴らすようにしておくと、犬は、エサが出なくてもベルが鳴るだけで、よだれを出すようになる。それと同じです。

「気持ち」とか「意思」とか、関係ない。ただの自動的な化学反応。それを、「ストレスが溜まったから吸いたくなった」「自分の気持ちを抑えても幸せになれない」等と「作話」しているだけ。なぜそんなことをするかというと、「自分は自由で、自分の行動を納得して決めている」と思いたいから。これまでずっと自分がタバコを吸ってきたことを「反射」とは思いたくないから。自分で自分の気持ちに従って決めてきたんだと思いたいから。

あらかじめちょっとメリット・デメリットを比較したくらいでは、このメカニズムには勝てません。99回勝っても、1回負ければ終わり、ということも多いです。
タバコを吸いたくなる度にこの葛藤を繰り返していると、苦しくてしようがなくなります。禁煙すると決意したのは自分。タバコを吸いたいと思うのも自分。そう考えていると、毎回迷います。セルフコントロールは消耗資源です(セルフコントロールは消耗資源 ~ ともぞうブログ)。フツーに社会生活を送るだけでもセルフコントロールを消耗するのに、さらに、いつ終わるかわからない戦いを続けなければならない。「1本だけ」と吸ってしまうと、あとで罪悪感にまで苛まれる。不幸になる一方です。そのうえ目標は達成できない。最初からやろうとしない方がマシです(好きな自分でいる方法 ~ ともぞうブログ)。

あまり物事を深く考えない人は、かえって禁煙できます。
自制心が強く、自分が思うとおりに人生を歩んできたというプライドの高い人は、かえって禁煙できません。

では、この強力な「現状維持強制装置」から脱出して自分を変えるには、どうするべきなのでしょうか。
まず、「自由意思なんか、ない」ということをとことん理解することだと思います。
それから、事前にそこそこ考える程度ではまったくダメで、実行する前に、とことん、とことん考え尽くすことが大事だと思っています。
何をどう考えるのかは、また書きたいと思います。

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2011/06/16(木) 21:08:21

[evernote 情報収集 整理法] ほとんどの人にとって最適な、evernoteを使ったタスク・todo・ネタ・アイデアの管理法

まず、私の失敗は、次の二つ。

  1. 「持ち歩く」「一カ所に集める」にこだわる
  2. 「忘れずにやらなくちゃいけないこと」と「期限はないけどやりたいこと」を一緒にしてしまう

GTD的に考えると、すべてのやるべきことをいったん書きだして、必要なときは思い出せるようにしておけば、余計な心配をせずに目の前のことに集中できる、ということになる。
そして、手帳とかiPhoneとか使うと、すべてのやるべきことを一カ所に集めて持ち歩くことができそうな気がする。
ところが、手帳やiPhoneでリストを「開く」には、ワンアクションが必要。忘れちゃいけない用事が入ってると、必ず毎日「開く」アクションをして、チェックしなくてはいけない。これが意外とおろそかになる。忙しいときだと忘れてしまって、大変なことになる。
それから、せめて週に一度は、リストを見返して、更新をしなきゃいけない。これがすごく面倒。なぜなら、全部が一カ所に集まってるから。やらなきゃいけないと考えただけでイヤになる。
そもそも、会社と自宅を往復する毎日で、休みの日には遊びに行くなら、別に持ち歩く必要はない。わざわざ通勤時間にタスクリストを見たり更新したりする必然性もない。

よって、解決策は

  1. 「忘れちゃいけない用事」「期限はないけどやりたいこと」を分ける
  2. 忘れちゃいけない用事は、家や会社の壁に貼ったり、googleカレンダーから携帯メールにリマインダーを送ったりする
  3. やりたいことのリストは、evernoteで「要見直し」ノートブックに入れて、「押し出しファイリング」(「超」整理法)する

ということになる。

「壁に貼る」というのは強力な方法で、手帳やiPhoneを取り出して「開く」ワンアクションが要らない。いきなり「見る」ことができるし、やらなきゃいけない場所、思い出さなきゃいけない場所に着いた瞬間に「見える」。
ただ、貼り紙やホワイトボードが背景や景色みたいになっちゃって忘れちゃうのには注意。絶対忘れちゃいけない場合は携帯メールでリマインド。
やりたいことってのは、当然時間の経過によって変わっていくし、GTDで重要なのは週次レビュー。これをできるだけラクにするために、evernoteに「要見直し」ノートブックを作って、1タスク1ノートで、やりたいことを書いて放り込んでいく。週次レビューの時に、重要だと思ったタスクは改行を一つ入れるだけでも良いから更新する。もう興味がなくなってやらなくて良い、レビューもしなくて良いと思ったタスクは「保管」ノートブックに移動。毎週これをしていくと、「要見直し」ノートブックを更新日時でソートしたときに、重要なタスクから順に並ぶことになる。「保管」ノートブックに移したタスクを復活させたい時は、色んな方法で検索すれば出てくるはずなので、安心して移せる(あらかじめタグを設定しておいても良い)。「要見直し」ノートブックを、見返すのがイヤにならない量に抑えることができる。

iPhoneやevernoteやその他ツールをいじること自体が楽しい間は良いけれど、ちょっと飽きてくると、管理がすごく面倒になってくる。だから、この方法は、ほとんどの人にとって最適な、evernoteを使ったタスク・todo・ネタ・アイデアの管理法ではないかと思う。
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2011/06/13(月) 21:38:11

[日記] もしAKB48総選挙が一人一票だったら

もしAKB48総選挙が、一人一票しか投票できないシステムだったら、メンバーはどうするでしょうか?

まず考えられるのは、家族、親戚に一票を投じてもらうことでしょう(血縁)。得票数によってテレビに出られるかどうかが決まり、それによって今後の人気の伸びにも大きな差が出てくるのですから、必死なはずです。親戚だけじゃなく、出身地の町内会や近所の有力者に協力をお願いするに違いありません(地縁)。さらに、出身校の同窓会とかにもお願いするでしょう。
それでも、全国規模で考えれば、大した票になりません。人脈を広げるのにも限度があります。
となれば、やはり買収。もしくは会社社長等の有力者を枕営業でゲットする。
さらに安定して票を獲得する方法としては、宗教団体・外国人コミュニティ・労働組合・教職員組合等、人の団結力の強い組織を味方にする方法です。これらの組織を味方につけるためには、最低限、テレビに出た際に、これらの組織に「配慮した発言」をする必要があるでしょう。しかし、これらの組織に属する人たちは、世間の空気にカンタンに流されませんから、安定して自分に投票をしてくれるはずです。

さらに、「センター」の座や、メディアへの露出が「間接民主制」で決められるとしたら?

選挙のノウハウや、必要な資金を提供できるものが中心になり、派閥をつくるでしょう。
それから、別に共通の方針や考え方がなくても、とりあえずグループを作らなけりゃソンなので、みんなグループを作るでしょう。
そして最多数のグループのメンバーの中で、「センター」の座を順番に回すことになるでしょう。
最多数グループの者がメディアに露出し、それ以外の者は露出しないので、次の選挙でも最多数グループが勝つでしょう。
グループから外れると間違いなくソンなので、グループの最有力者の文句は言えなくなるでしょう。

かくして、宗教団体・外国人コミュニティ・労働組合・教職員組合等、団結力の強い組織を後ろ盾にした、選挙のノウハウと資金を持った者を中心とした、特に共通の方針や考え方があるわけでもないグループが、その内部で順番に「センター」の座を回し、我々は、特に可愛くもないメンバーの顔ばかりテレビで見なければならないハメに陥ります。

一方、金で何票でも買える現在のシステムでは、熱心である者ほどたくさんの票を投じます。「これまでのAKBの歴史や、AKBへの貢献度」を重く評価するというバイアスはかかりますが、それでも、熱心な者は熱心でない者に比べ、メンバーを正しく評価できるはずです。よって、投票しない我々も、より可愛い女の子をより多くテレビで見ることができるはずです。

戯れ言でした。
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2011/06/05(日) 00:34:05

[小説] 図書館戦争 広告付きのメディアだけで世の中わかったつもり?

図書館危機 図書館戦争シリーズ3 (角川文庫)
有川 浩
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 157


未来の日本で、検閲のため実力行使をしてくる国の組織と、表現の自由を守るために、地方組織の「図書隊」が戦う(実際に銃を撃ちあって人が死ぬ)というシリーズの3冊目。4月から文庫化され始めてて、楽しく読んでいた。「表現の自由は大事だけど、そのために人が殺し合うなんて、誇張にしても大げさな話やな」と思いながら、あまり気にせずに。強いて言えば、物語を単純に楽しめなくなる可能性のある、人が殺し合うシーンを入れるなんて、作者はそこまで苦労する必要があるのかな、と思いながら。

でも。
物語は架空の未来の話で、現実にはそこまで不当な規制なんてないし、将来もそんなにひどくなることはないだろう、そう思っていたのは、実は根拠のない思い込みだったのかな、と思い始めている。

後書きで、図書館戦争シリーズのアニメ化が、「聴覚障害者の登場人物の地上波登場NG」が条件だったと書いてあったから。
そして作者の有川浩は、他にも、実際に自主規制と戦った経験がある。
その上で「戦争」と銘打った小説を書いてる。

ただ、何ゆえの自主規制かというと、建前上は、「それによって傷つく人がいるから」なわけです。そんな善意の自主規制に、あくどい、手段を選ばない、命を軽くみるようなものはないだろうと推測されるのだけど、その影響は、本来自由であるべき表現にものすごく影響を与える。

とすると、カネが絡むと表現はどうなるんだ。

表現によって誰にも直接カネの損得があるわけではない、「差別語」にさえ、それだけの作用が働くのだから、広告付きのメディアなら、どれだけ表現が歪められるか。想像するだけで恐ろしい。

広告付きのメディアの言うことを鵜呑みにするだけで世の中がわかったような気になってる人、大きな間違いです。

自分でちょっとだけ考えれば、マスメディアがいかにオカシイか一目瞭然なのですがね。

本当に「エコ」をうたうなら、何も消費しなければ良い。「節電」するのにグッズを買う必要があるのか。
健康が心配だからダイエットするというのに、散々食べて、食べたカロリーを「なかったことにする」サプリをお腹の中に入れる。内蔵壊れるわ。最初から食わないのが一番健康に良いのに、それじゃ儲からないからだ。儲けるためには、ダイエットは成功させてはいけないのである。

「図書館戦争」の世界でネットがどういう扱いになっている設定なのか、忘れてしまったけど。

山本弘のSF秘密基地BLOG:【クイズ】『AERA』に載った放射線の数値が変

こんな記事を書けるのが、個人ブログのアドバンテージだ。

広告主のことなんか考えずに書ける強みを活かして、みんながもっと自分で考えるきっかけを提供できるようになりたい。
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